現地社長の採用で決めるのは「二つの関係」

ドイツの現地法人(GmbH)で「社長」にあたるのは、業務執行者であるGeschäftsführer(ゲシェフツフューラー) です。日本本社から駐在員を送るのではなく、現地の経験者を外部から迎える場合、その人は出資者ではない外部の業務執行者(Fremdgeschäftsführer) になります。

採用にあたって最初に押さえたいのは、Geschäftsführerの地位が二つの別々の関係から成り立っている点です。コブレンツ商工会議所(IHK Koblenz)の業務執行者の任用に関する解説は、選任と任用は実務上同時に行われることが多いものの、法的にはまったく別のものとして扱う必要があると説明しています。

  • 選任(Bestellung):社員総会の決議で、会社の機関として代表権を与える会社法上の行為
  • 任用契約(Anstellungsvertrag):報酬や職務などを定める民法上の契約

選任の要件、代表権、個人責任といったGeschäftsführerの基本はGeschäftsführerとは:ドイツGmbH取締役の要件・責任で解説しています。本記事は、外部から社長を採用する場面に絞って、契約・社会保険・報酬・保険の実務を整理します。

雇用契約ではなく任用契約:労働法の保護の範囲

同じ解説によれば、GmbHの業務執行者は通常は労働者(Arbeitnehmer)としての地位を持たず、労働者向けの保護が自動的には適用されません。解雇制限法(KSchG)も、第14条1項1号で、法人の法定代理を担う機関の構成員には同法の解雇保護の規定を適用しないとしています。

このため、任用契約の中身を当事者が自分で決める必要があります。同解説は、契約で定めておくべき事項として、報酬の構成、社用車、D&O保険、競業避止、責任の取り決め、契約期間、終了の条件を挙げ、法律上の方式要件はないものの書面で残すことを強く勧めています。解約予告期間についても、労働者向けの規定(民法典第622条)を準用するのか、独自の期間を定めるのかを契約で明確にしておくよう求めています。

日本の感覚で「社員の雇用契約をベースに役職を足す」形で作ると、この前提が抜け落ちます。雇用契約のひな形ではなく、業務執行者向けの任用契約として設計することが出発点です。競業避止の考え方は競業避止(Wettbewerbsverbot)の解説をご覧ください。

社会保険:外部から招いた社長は原則として加入対象

労働法上は労働者でなくても、社会保険では扱いが異なります。ドイツ年金保険(DRV)の事業主・税理士向けの解説(2026年5月更新)によれば、出資していない外部の業務執行者は、会社の業務に組み込まれ、報酬を受け、会社の意思決定に重要な影響を及ぼせない場合、原則として従属的な就業者として社会保険の加入対象になります。

デュッセルドルフ商工会議所(IHK Düsseldorf)の解説も、外部の業務執行者は現在の判例上、通常は従属的な就業者と評価されるとしています。これに対し、資本の50%以上を持つか、定款で包括的な拒否権を確保している出資者兼業務執行者は、原則として自営とされます。

日本本社100%出資の子会社で外部の社長を迎える場合、その社長は出資者ではないため、使用者として社会保険料を負担する前提で人件費を見積もることになります。社会保険料の水準はドイツの社会保険料 2026で確認できます。判断に迷う場合は、ドイツ年金保険の地位確認手続き(Statusfeststellungsverfahren)で事前に確認できます。

解任と契約の終了は別:カップリング条項

選任と任用契約が別物であることは、別れるときに最もはっきり表れます。

GmbH法第38条1項により、業務執行者の選任は、既存の契約に基づく補償請求権を妨げずに、いつでも撤回(解任)できます。しかし前述のIHK Koblenzの解説のとおり、解任によって任用契約が自動的に終わるわけではありません。解任しても、契約上の報酬の支払い義務は残り得ます。

同解説は、この二つを連動させる方法としてカップリング条項(Koppelungsklausel) を挙げています。解任されたときに任用契約も終了する(または解約予告期間が始まる)旨を契約に定めておく条項です。外部から招く社長は、本社との方針の違いで交代が必要になる場面も想定されるため、契約期間、解約予告期間、カップリング条項、職務免除(Freistellung)中の扱いをセットで設計しておくと、交代時の負担が見通せます。

報酬の組み立て方

報酬の構成要素

報酬水準は、会社の規模、業種、地域、担当範囲によって大きく変わります。コンサルティング会社キーンバウムの業務執行者の報酬に関する調査(2025年版)のサンプルは、報酬を次の要素に分けて分析しています。

  • 基本報酬(Grundvergütung)
  • 単年度の変動報酬(STI):その年の業績に連動する賞与
  • 複数年の変動報酬(LTI)
  • 会社負担の企業年金などを含めた総額(Gesamtdirektvergütung)
  • 付加給付:社用車など

同調査は、GmbHなどの業務執行者7,388人分のデータ(単独の業務執行者292人、業務執行者の長1,947人、業務執行者のメンバー5,149人)を基礎に、会社の規模などの要因ごとに報酬を分析しています。具体的な水準は、こうした有料の報酬調査や、人材紹介会社が持つ市場データで確認するのが確実です。

日本本社が気をつけたいこと

変動報酬の指標をどう置くかは、日本本社の管理方針と直結します。売上・利益に加え、どの指標で評価するかはドイツの人事評価制度の考え方も参考になります。

なお、IHK Koblenzは、出資者を兼ねる業務執行者の報酬が過大な場合は隠れた利益配当として扱われるおそれがあると注意を促しています。外部の社長は出資者ではないためこの論点の中心からは外れますが、日本人駐在員が出資者の立場を兼ねる場合などの考え方はGmbH取締役報酬の税務:隠れた利益配当(vGA)で扱っています。

D&O保険:個人責任に備える

業務執行者は、義務に違反した場合に会社に対して個人として責任を負う立場にあります(責任の範囲は前掲のGeschäftsführerの解説を参照)。外部から迎える社長にとって、D&O保険(役員賠償責任保険) の有無は、就任を受けるかどうかの判断材料になり得ます。

ドイツ保険協会(GDV)のD&O保険の解説によれば、D&O保険の要点は次のとおりです。

  • 会社が保険契約者となり、会社が自社の経営者を責任追及に備えて保険に付す
  • 義務違反による損害賠償に加え、根拠のない請求を退けるための弁護士・鑑定人・訴訟の費用を負担する
  • 故意による義務違反は補償されない。ただし、故意が確定するまでは防御費用が支払われる
  • 経営判断そのもののリスク(需要の見誤りや製品の失敗など)を移転するものではない

GDVの2025年11月の発表によれば、2024年のD&O保険の請求件数は約2,500件で前年比約12%増、1件あたりの支払額は平均11万5,000ユーロ超でした。

任用契約では、会社がD&O保険を付保すること、補償の範囲、退任後の請求への対応をどう扱うかを定めておくのが実務的です。

日本人駐在員とドイツ人社長の二人体制

現地の業務を外部の社長に任せつつ、日本本社との連絡や管理を駐在員が担う形として、業務執行者を2名置く方法があります。

GmbH法第35条2項により、業務執行者が複数いる場合、定款に別の定めがなければ、全員が共同してのみ会社を代表できます。定款で単独代表を認めることもできます。

設計の選択肢は次のとおりです。

  • 共同代表:重要な契約に2名の署名が必要になり、牽制が効く一方、日常業務の機動性は下がる
  • 単独代表+内部規程:各自が単独で代表できるようにし、一定額以上の取引などは社員総会(日本本社)の承認を要すると業務執行規程(Geschäftsordnung)で定める

内部規程による制限は、対外的な代表権そのものを縛るものではなく、会社内部の義務として働きます(前掲の解説を参照)。どちらを選ぶ場合も、誰がどの範囲で本社の承認を要するかを文書で決めておくことが、外部の社長との信頼関係を保つうえでも重要です。

採用の進め方

外部の社長の採用は、通常の中途採用とは別の段取りで進めます。

  • 役割の定義:売上責任、管理業務、日本本社への報告の範囲。駐在員との分担も含めて書き出す
  • 報告ラインと言語:日本本社の誰に、どの言語で、どの頻度で報告するか
  • 報酬の枠組み:基本報酬・変動報酬・付加給付の構成と、変動報酬の指標
  • 契約の骨子:期間、解約予告期間、カップリング条項、競業避止、D&O保険
  • 選任の手続き:社員総会の決議と商業登記の申請

採用市場の全体像と候補者へのアプローチはドイツの採用市場の特徴と攻略法にまとめています。

よくある落とし穴

雇用契約のひな形で任用契約を作る。 業務執行者には労働者向けの保護が自動的には及ばないため、解約予告期間や終了条件を独自に定める必要があります。

解任すれば契約も終わると考える。 解任と任用契約の終了は別です。カップリング条項がなければ、報酬の支払い義務が残り得ます。

外部の社長の社会保険料を見込まない。 出資していない業務執行者は、原則として社会保険の加入対象です。

D&O保険を後回しにする。 候補者にとっては就任の判断材料になり得ます。任用契約の交渉と並行して手配します。

二人体制で代表権と承認範囲を決めない。 共同代表か単独代表か、本社承認が必要な取引は何かを、定款と業務執行規程で明確にします。

よくある質問

Q. 外部から招いた社長は、解雇制限法で守られますか。

A. 解雇制限法は、法人の法定代理を担う機関の構成員には解雇保護の規定を適用しないとしています(第14条1項1号)。契約の終了条件は任用契約で定めます。

Q. 外部の社長は社会保険に加入しますか。

A. ドイツ年金保険によれば、出資していない外部の業務執行者は、原則として従属的な就業者として加入対象です。

Q. 社長を交代させるときの注意点は。

A. 解任(選任の撤回)はいつでも可能ですが、任用契約は自動的には終わりません。カップリング条項と解約予告期間をあらかじめ定めておくことが重要です。

Q. D&O保険は誰が加入しますか。

A. 会社が保険契約者となり、自社の経営者を対象に付保します。故意による義務違反は補償の対象外です。

Q. 日本人駐在員とドイツ人社長の2名体制は可能ですか。

A. 可能です。複数の業務執行者は、定款に別の定めがなければ共同で代表します。定款で単独代表を認め、内部規程で本社承認の範囲を定める方法もあります。

まとめ——今週できる次の一歩

ドイツで外部から現地社長を迎える場合、選任(会社法上の地位)と任用契約(民法上の契約) は別物として設計します。業務執行者には労働者向けの保護が自動的には及ばない一方、出資していない外部の社長は原則として社会保険の加入対象です。解任と契約の終了を連動させるカップリング条項、就任の判断材料になるD&O保険、駐在員と組む場合の代表権と本社承認の範囲が、契約設計の要になります。

今週できる一歩として、現地社長に任せたい役割を「売上責任」「管理業務」「本社への報告」の3つに分けて書き出し、それぞれについて本社の承認が必要な範囲を決めてください。これが、求人の要件にも、任用契約と業務執行規程の骨子にもなります。

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本記事は2026年9月29日時点の公開情報(ドイツ年金保険、コブレンツ商工会議所・デュッセルドルフ商工会議所、ドイツ保険協会など)に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言に代わるものではありません。任用契約の作成にあたっては、専門家にご確認ください。