人事・労務

ドイツの人事評価制度:共同決定と設計【2026年版】

2026年7月14日(火)

日本の人事考課をそのまま持ち込むと、導入前に止まる

日本の本社で完成した評価制度をドイツ子会社に展開しようとして、現地HRから「Betriebsratの同意が要る」と言われ、そこで半年止まる——日系企業のドイツ拠点で繰り返し起きている光景です。

原因は、前提の違いにあります。日本では人事評価制度は経営の裁量で設計し、労働組合と交渉する対象にはあまりなりません。ドイツでは違います。評価制度は、法律上、従業員代表と共同で決める事項です。 さらに、評価と結びついた変動報酬をめぐっては、2025年に連邦労働裁判所(BAG)が使用者にとって非常に厳しい判断を示しました。目標を設定し忘れただけで、ボーナス満額の損害賠償を命じられる構造ができています。

本記事では、ドイツで人事評価制度を設計・運用する際に必ず押さえるべき法的な枠組みと、日系企業が実際につまずくポイントを整理します。


1. 大前提:評価制度は「会社が自由に決められる制度」ではない

評価基準の策定にはBetriebsratの同意が必要(BetrVG §94 Abs.2)

事業所委員会(Betriebsrat)が設置されている事業所では、一般的な評価基準(Beurteilungsgrundsätze)の策定には、Betriebsratの同意が必要です(BetrVG §94 Abs.2)。ここでいう評価基準とは、従業員の行動や成果を比較可能な形で把握するための統一的なルール——つまり、評価シート、評価項目、評価尺度そのものです。

共同決定の射程は広く、実体的な評価項目だけでなく、評価の「手続」の設計にも及びます。 評価面談を前提とする制度であれば、その面談の運用も対象に入ります。合意に至らない場合は、仲裁委員会(Einigungsstelle)の決定が労使の合意に代わります。

ただし重要な限界があります。「そもそも評価制度を導入するかどうか」は、使用者が単独で決められます。 共同決定が発動するのは、導入すると決めた後の中身についてです。裏を返せば、制度を持ち込むと決めた瞬間に、設計の主導権は半分Betriebsratに移ります。

評価データを扱うシステムも共同決定の対象(§87 Abs.1 Nr.6)

見落とされがちなのがここです。BetrVG §87 Abs.1 Nr.6 により、従業員の行動や成果を監視するのに客観的に適した技術的設備の導入・運用も共同決定事項です。現に監視しているかどうか、監視の意図があるかどうかは問われません。適しているだけで対象になります。

つまり、評価データを格納するHRシステム、KPIダッシュボード、CRMの活動記録——これらは原則として共同決定の射程に入ります。本社が「グローバル共通のHRシステムを導入する」と決めても、ドイツ拠点では労使協定(Betriebsvereinbarung)なしにはロールアウトできません。

報酬への接続も共同決定(§87 Abs.1 Nr.10・11)

賃金の配分ルール(Entlohnungsgrundsätze)や、業績連動給の算定方法も共同決定事項です。一方で、賃金の水準そのもの(いくら払うか)は、原則として使用者の決定領域です。「どう分けるか」は共同で決め、「いくら分けるか」は会社が決める、という切り分けです。

実務上の含意はひとつです。Betriebsratは、制度が完成してから説明する相手ではなく、設計を始める前に巻き込む相手です。 Betriebsratの構造と交渉実務はドイツBetriebsrat完全ガイドにまとめています。


2. 従業員の側の権利:評価面談は「閉じた会話」ではない

制度を設計する前に、従業員が法律上持っている権利を把握しておく必要があります。

BetrVG §82 Abs.2 により、従業員は、賃金の計算と構成の説明を求めることができ、また自らの業績評価と社内でのキャリア機会について会社と話し合うことを求めることができます。そしてこの場に、Betriebsratのメンバーを同席させることができます。判例上、この同席権は、面談を誰が招集したかを問わず認められます。上司が呼び出した評価面談であっても同じです。

さらに BetrVG §83 により、従業員は人事ファイルを閲覧でき(Betriebsrat同席可)、ファイルの内容について自らの意見書を綴じ込ませる権利を持ちます。会社は拒めません。

この2つが意味することは明快です。低評価を伝える面談は、上司と本人の密室の会話ではありません。 第三者が同席しうる、記録が残る、本人の反論が公式にファイルされる場です。したがって設計上の鉄則はこうなります。書けないことは言わない。言ったことは、そのまま書ける形にしておく。 曖昧な印象論(「もっと積極性が欲しい」)で低評価を告げる運用は、ドイツでは高くつきます。


3. 変動報酬と目標設定:2025年BAG判決が変えた景色

ZielvorgabeとZielvereinbarungの違い

ドイツの変動報酬制度では、目標の決め方に2つの型があります。

  • Zielvorgabe:使用者が一方的に目標を設定する(民法 §315 の公正裁量による給付決定)
  • Zielvereinbarung:使用者と従業員の合意で目標を設定する

この区別が、後述の責任の重さを分けます。

目標を設定しなければ、ボーナス満額の損害賠償

連邦労働裁判所は2025年2月19日の判決(10 AZR 57/24)で、次のように判断しました。使用者が契約上、変動報酬のために目標を一方的に設定する義務を負っているにもかかわらず、有責に目標設定を遅らせた、あるいは設定しなかった結果、事後的な設定が不可能になった場合、使用者は損害賠償責任を負う(BGB §280 Abs.1・3、§283 S.1、§252)。

賠償額の算定は、目標を達成した場合に約束されていた変動報酬を起点とします。当該事案では、企業目標100%達成、個人目標は平均値相当の達成を前提に賠償額が算定されました。

そして日系企業にとって最も重い部分がここです。一方的な目標設定(Zielvorgabe)の場合、目標を設定するイニシアチブは使用者だけが負っているため、従業員側の過失相殺(BGB §254 Abs.1)は原則として認められませんBAG プレスリリース)。「本人も目標設定を催促しなかった」という抗弁は通りません。

また、目標は動機付けとインセンティブの機能を果たす必要があるため、事業年度が対象期間なら、その開始前、遅くとも開始時に設定されるべきとされています。年度の半ばに降りてくる目標は、その機能を果たしません。

日系企業の典型的な失敗パターン

このリスクは、日系企業の本社スケジュールと構造的に衝突します。本社の年度予算が確定するのが日本の会計年度に合わせて4〜5月、ドイツ子会社の事業年度は1月開始——という組み合わせは珍しくありません。結果、現地の目標が確定するのが6月になる。

BAGの枠組みでは、この5〜6ヶ月の空白そのものが、ボーナス満額相当の損害賠償リスクです。しかも一方的設定型なら、過失相殺で減額することもできません。

対策は3つです。

  1. 会計年度の開始前に目標を確定させる社内カレンダーを作る。 本社の予算確定を待たない。
  2. 本社数値が固まらない場合は、暫定目標を期限内に設定し、後で改定する条項を置く。「未設定」は最悪の選択肢です。
  3. 契約書に、目標設定の期限と手続を明記する。ただし、従業員に一方的に不利な条項(未設定なら報酬ゼロ、等)は無効と判断されうる点に注意してください。

変動報酬の水準設計や給与レンジの考え方はドイツの給与レンジ実務、支給計算の実務はドイツ給与計算実務完全ガイドを参照してください。


4. 評価は「解雇の道具」にはならない

米国流のPIP(業績改善計画)を持ち込み、「低評価を積み上げて退職に追い込む」という発想は、ドイツでは機能しません。

解雇制限法(KSchG)は従業員10人超・勤続6ヶ月超の場合に適用され、その下では低い評価そのものは解雇事由になりません。行為に起因する解雇では、原則として事前の警告(Abmahnung)が必要であり、警告は具体的な事実と改善要求、そして繰り返した場合の帰結を含んでいなければなりません。評価シートの「C評価」は、その代わりにはなりません。詳細はドイツにおける解雇のハードルで扱っています。

それどころか、評価記録は会社にとって不利な証拠になり得ます。 何年も「良好」と評価してきた社員について、後から能力不足を主張しても、自社の記録がそれを否定します。評価は、会社が将来自分に対して使われることを前提に書くべき文書です。


5. Arbeitszeugnis(就労証明書)との整合性

営業法(GewO)§109 により、使用者は雇用関係の終了時に書面で就労証明書を交付する義務を負います。従業員が求めれば、業務内容と在職期間だけの簡易版ではなく、**業績(Leistung)と行動(Verhalten)の評価を含む詳細版(qualifiziertes Zeugnis)**を交付しなければなりません。なお2025年1月1日以降、従業員の同意があれば電子的な形式での交付も可能になりました。

内容は「好意的(wohlwollend)でありながら真実」であることが求められます。この一見矛盾した要請の結果、ドイツの実務では、定型表現に格付けが埋め込まれた独特の証明書言語が発達しました。表現の一語の違いが、事実上の評価ランクを意味します。

ここに落とし穴があります。社内の評価では「平均以下」としていた社員に、慣行に流されて「良好」相当のZeugnisを出してしまう。 この矛盾は、後の解雇訴訟や差別訴訟で、会社の主張を内側から崩します。評価制度の設計と、Zeugnis文言のポリシーは、同時に決めてください。 誰がZeugnisを起案し、誰が評価記録との整合性をチェックするか——この責任分担を決めていない会社が大半です。


6. AGG(一般平等待遇法)リスクを設計で減らす

評価は昇進・昇給・賞与の根拠になるため、差別が争われたときの中心的な証拠になります。年齢、性別、出身、障害、宗教などを理由とする不利益取扱いが問題になったとき、まず開示を求められるのが評価記録です。

危険なのは、主観的で情意的な評価項目です。「協調性」「熱意」「組織への貢献意欲」といった項目は、評価者の属性バイアスが入り込みやすく、後から客観的な根拠を示すことが困難です。日本の人事考課をそのまま翻訳すると、この種の項目が並ぶことになります。

なお、AGGに基づく請求は、AGG §15 により書面で、法定の短い期間内に行使する必要があります。この期間については法改正の議論が続いているため、実際の日数は都度確認してください。期間が短いこと自体は使用者に有利に働きますが、期間内に申し立てられた場合、立証負担は重くのしかかります。

設計上の対策は3点です。(a) 評価項目を職務に関連する観察可能な行動で定義する。(b) 評価者トレーニングを実施し、その記録を残す。(c) 部門横断の較正会議(Kalibrierung)を行い、評価分布の偏りを議事録に残す。 これらは差別が争われたときの防御資料になります。


7. よくある落とし穴

1. 完成した制度をBetriebsratに「説明」しに行く。 §94 Abs.2 は同意権であり、説明を聞く権利ではありません。設計段階から巻き込まないと、ゼロからやり直しになります。

2. グローバルHRシステムをドイツにもそのまま展開する。 §87 Abs.1 Nr.6 により、労使協定なしには使えません。本社のロールアウト計画に、ドイツだけ3〜6ヶ月の交渉期間を織り込んでおく必要があります。

3. 目標設定を本社の予算確定待ちにする。 BAG 2025年判決の下では、これは金銭的リスクです。暫定目標でよいので、期限内に設定してください。

4. 評価面談を「非公式な対話」として設計する。 Betriebsratメンバーが同席しうる、本人の反論がファイルされる——この前提で運用を設計してください。

5. 情意評価項目を翻訳して持ち込む。 AGGリスクを自ら作り込むことになります。行動ベースに書き換えてください。


8. よくある質問

Q. Betriebsratがない事業所では、自由に設計できますか。 A. §94 Abs.2 の共同決定は発動しません。ただし §82・§83 の従業員個人の権利、AGG、そして変動報酬に関するBAGの判例法理は、Betriebsratの有無にかかわらず適用されます。設計の自由度は上がりますが、法的リスクが消えるわけではありません。

Q. 目標は必ず文書で合意する必要がありますか。 A. 法律上の一律の形式要件はありませんが、実務上は必須です。設定した事実と時期、内容を立証できなければ、「設定していなかった」と扱われるリスクを負います。設定日の記録が最も重要な証拠です。

Q. 評価をランク分け(相対評価)することは可能ですか。 A. 制度としては可能ですが、Beurteilungsgrundsätzeとして共同決定の対象になります。強制的な分布(下位10%を必ずC評価にする等)は、Betriebsratの同意を得るのが困難であり、AGG上のリスクも高まります。

Q. 評価を昇給に直結させる仕組みは作れますか。 A. 配分ルールが共同決定事項になります。昇給原資の総額は会社が決められますが、その配分方法についてはBetriebsratとの合意が必要です。

Q. 日本人駐在員には日本の評価制度を適用してよいですか。 A. 出向元との関係や適用法によりますが、現地雇用契約を締結している場合は、原則としてドイツの枠組みが及びます。二重の制度が並存すると、現地社員から差別的取扱いを指摘される火種にもなります。組織運営の観点は欧州組織文化の橋渡しチェック10も参考にしてください。


まとめ:今週できる次の一歩

ドイツの評価制度で押さえるべきは3点です。制度の中身は労使で決める。評価面談は記録が残る公式の場である。そして、目標を設定しないことは、金銭賠償に直結する。

すでにドイツ拠点をお持ちであれば、今週、次の3つを確認してください。

  1. 今年度の変動報酬の目標は、事業年度の開始時までに文書で設定されているか。 されていなければ、これが最優先の是正事項です。
  2. 現行の評価シートについて、Betriebsratの同意(Betriebsvereinbarung)が存在するか。 口頭の了解では足りません。
  3. 評価記録とArbeitszeugnisの文言に、整合性を担保する担当者がいるか。

TSM合同会社では、日系企業のドイツ拠点における評価制度の設計、Betriebsratとの労使協定づくり、目標設定プロセスの運用整備を、日本語で支援しています。人事・労務体制の構築については人事・採用支援サービスをご覧ください。制度をロールアウトする前の設計段階でご相談いただくほど、交渉の余地は大きく残ります。

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本記事は2026年7月14日時点の法令・判例に基づく一般的な解説であり、個別の法律助言ではありません。制度の導入にあたっては、必ずドイツの弁護士および現地HRの確認をお取りください。

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