ドイツで最初の事務所や工場をどの州に置くかによって、同じ人数を雇っても毎年の人件費は変わります。本記事では、連邦統計局(Destatis)が公表している州別の労働コストと2025年の賃金データを定義つきで整理し、2026年の社会保険料率を使って額面給与から雇用主の総コストを出す方法と、営業税や人材プールを含めた拠点候補の比べ方を解説します。数字にはすべて基準時点と指標の種類を付けています。

州別の人件費を比べる前に:3つの物差しを区別する

ドイツの「人件費」の数字には、性格の違う3つの物差しがあります。1つ目は労働コスト(Arbeitskosten)で、Destatisの定義では総支給賃金(Bruttoverdienste)と付随費用(Lohnnebenkosten)の合計です。2つ目は総支給賃金そのもので、年額・月額・時間額があり、休暇手当やクリスマス手当などの特別給与を含むかどうかでも値が変わります。3つ目は法定最低賃金で、2026年は時給13.90ユーロ、2027年は14.60ユーロへの引き上げが予定されています。拠点の予算表でこの3つを同じ列に並べると、比較そのものが成り立たなくなります。

同じDestatisの2026年4月29日の発表によると、2025年に鉱工業・建設業とサービス業(農林水産業や公務などを除く)の企業が実労働1時間当たりに支払った労働コストは平均45.00ユーロで、前年の43.50ユーロから3.6%上昇しました。EU平均の34.90ユーロを約29%上回り、製造業に限ると49.5ユーロでEU平均との差は41%に広がります。なお、この2025年の値は2020年の労働コスト調査を基に推計した年次推計です。

Destatisの州別データ:16州の労働コスト(2020年)

Destatisが州別に公表している労働コストの最新値は、2020年の労働コスト調査(Arbeitskostenerhebung)の結果です(州別表、2023年3月16日更新)。2024年調査の結果について、Destatisは前述の発表で2026年7月の公表予定としていましたが、2026年9月22日の確認時点でも州別表は2020年の値のままでした。以下の表は、州どうしの相対的な位置を見る資料として使ってください。

州 労働コスト 2020年(€/時) 全国=100 就業者数 2025年(千人)
ハンブルク 42.85 115.3 1,369.6
ヘッセン 40.29 108.4 3,621.0
バイエルン 39.73 106.9 7,870.2
バーデン=ヴュルテンベルク 39.44 106.1 6,413.4
ベルリン 38.95 104.8 2,195.9
ブレーメン 38.02 102.3 446.0
ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW) 36.82 99.1 9,836.6
ラインラント=プファルツ 36.49 98.2 2,058.6
ザールラント 36.14 97.2 517.0
ニーダーザクセン 35.86 96.5 4,240.0
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン 34.02 91.5 1,475.3
ブランデンブルク 31.07 83.6 1,144.0
ザクセン 30.76 82.8 2,049.5
ザクセン=アンハルト 29.57 79.6 983.5
テューリンゲン 29.51 79.4 1,005.2
メクレンブルク=フォアポンメルン 29.27 78.7 751.2
ドイツ全体 37.17 100.0 45,977.0

出典:労働コスト=Destatis州別表(鉱工業・建設業とサービス業、職業訓練生を含む純労働コスト=Nettoarbeitskosten、実労働1時間当たり)。就業者数=Arbeitskreis Erwerbstätigenrechnung der Länder(勤務地ベースの年平均、2026年5月時点の計算)。全国=100は当社算出。

Destatisは2022年7月4日の発表で、2020年の結果は東西の差というより、似た水準の3つの州グループに分かれると分析しています。最も高いのはヘッセン、バーデン=ヴュルテンベルク、バイエルンと3つの都市州(38.02〜42.85ユーロ)、中間はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン、ニーダーザクセン、NRW、ラインラント=プファルツ、ザールラント(34.02〜36.82ユーロ)、最も低いのが東部の5州(29.27〜31.07ユーロ)です。最高のハンブルクと最低のメクレンブルク=フォアポンメルンの差は約32%、ザクセンはバイエルンより約23%低い水準でした。同じ表で2016年から2020年への変化を見ると、新連邦州は15.6%、旧西独地域は11.9%上昇しており、差は縮小方向にありました(いずれも当社算出)。

2025年の賃金:東西差は指標によって変わる

賃金の最新値はDestatisの賃金調査(Verdiensterhebung)の2025年分で、ウェブサイトの公表表は州別ではなく東西別の集計です。本記事では東西の値のみを示し、州ごとの賃金を推計で補うことはしていません。

指標 ドイツ全体 西部 東部(ベルリン除く) 東部の水準
年間総支給・中央値(2025年、フルタイム、特別給与込み) 54,066€ 55,435€ 46,013€ 西部より17.0%低い
年間総支給・平均(同、全産業) 64,441€ 66,171€ 52,926€ 20.0%低い
年間総支給・平均(同、製造業) 67,520€ 69,782€ 51,435€ 26.3%低い
年間総支給・平均(同、情報通信業) 86,638€ 88,124€ 66,819€ 24.2%低い
時間当たり総支給(2025年4月、特別給与除く) 26.76€ 27.33€ 23.09€ 15.5%低い

出典:中央値=Destatis 2026年4月1日発表、平均=Destatis年間総支給表、時間額=Destatis時間当たり総支給表(職業訓練中の人を除く全雇用関係)。平均と時間額の「西部」はベルリンを含みます。差の率は当社算出。

中央値は、フルタイムで当該年に7か月以上雇用された人が対象です。製造業の平均では東部が西部より年18,347ユーロ低く、全産業の差(13,245ユーロ)より大きくなっています。仮に工場で50人を雇う場合、この平均差だけで年約92万ユーロ(社会保険の雇用主負担を含まない単純計算)に相当します。ただし平均値には職種や企業規模の構成の違いも含まれるため、同じ職種どうしの賃金差ではない点に注意が必要です。

最低賃金への近さも州によって異なります。Destatisの2026年1月22日の推計では、2025年4月時点で時給が13.90ユーロを下回っていた雇用関係は最大480万件(全体の約12%)で、東部は約14%、西部は約12%でした。州別ではザクセンの15%弱が最も高く、バイエルンの10%が最も低い値です。低賃金の職種が中心の計画では、2027年の引き上げも含めて州ごとに影響を見積もってください。

額面給与から雇用主コストを出す:2026年の計算方法

ドイツでは、年金・失業・健康・介護の4つの社会保険料を雇用主と従業員が原則として半分ずつ負担し、健康保険の追加保険料も2019年1月から折半になっています(TK・雇用主向け解説)。2026年の料率と雇用主負担は次のとおりです。

保険 2026年の料率(合計) 雇用主負担 算定上限(月額)
年金保険 18.6% 9.3% 8,450€
失業保険 2.6% 1.3% 8,450€
健康保険 14.6%+追加保険料(平均2.9%) 7.3%+1.45%=8.75% 5,812.50€
介護保険 3.6% 1.8%(ザクセン州は1.3%) 5,812.50€
合計(ザクセン州以外) ― 21.15% ―

出典:TK「社会保険の保険料率」、TK「介護保険料」。算定上限は2026年の全国一律の値。

健康保険の追加保険料は保険者(Krankenkasse)ごとに異なり、平均の2.9%は連邦保健省が定めた値です(例:TKの2026年の追加保険料率は2.69%)。子のいない23歳以上の従業員には介護保険料が0.6ポイント上乗せされますが、これは従業員だけの負担です。

計算例:月額5,000ユーロの場合

例として、月額総支給5,000ユーロ(年12回払い、賞与なし)、ザクセン州以外、追加保険料は平均の2.9%という前提を置きます。5,000ユーロは健康・介護保険の算定上限を下回るため、全額に料率がかかります。雇用主負担は年金465.00ユーロ、失業65.00ユーロ、健康437.50ユーロ、介護90.00ユーロの合計1,057.50ユーロ(総支給の21.15%)で、月の総コストは6,057.50ユーロ、年間では72,690ユーロです。ECBの参照レート(2026年9月22日、1ユーロ=180.17円)で換算すると約1,310万円になります。同じ条件でザクセン州に置くと、介護保険の雇用主負担が月25ユーロ(年300ユーロ)少なくなります。

算定上限を超える給与の場合

月額7,000ユーロでは、健康・介護保険の料率が上限の5,812.50ユーロまでにしかかからないため、雇用主負担は月約1,355ユーロ(総支給の約19.4%)となり、上限を考えない計算(1,480.50ユーロ)より約125ユーロ少なくなります。算定上限は全国一律なので、上限を超える給与水準の職種では、社会保険の雇用主負担の州間の差は給与そのものの差より小さくなります。

さらに上乗せされる費用

上の計算には、次の費用が含まれていません。

  • 労災保険(Berufsgenossenschaft):DGUVによると財源は企業の保険料のみで、額は各BGの必要額、企業に適用される危険等級(Gefahrklasse)、従業員の賃金総額で決まり、暦年の終了後に確定します。
  • U1(病気の際の賃金継続支払いの補填):常時30人以下を雇用する企業が参加します。
  • U2(母性保護に伴う費用の補填):従業員数にかかわらず、すべての企業が対象です。U1・U2は従業員が加入する保険者に納付し、料率は各保険者の公表表で確認します(SBK)。
  • U3(Insolvenzgeldumlage:倒産給付の財源となる賦課金):TKによると2026年は0.15%で据え置きです。

付帯コストを含む見積もりの全体像はドイツの人件費を正しく見積もる、制度の詳細はドイツの社会保険料 2026:料率・上限・使用者負担で整理しています。

拠点候補の比べ方:賃金・人材プール・営業税

日本本社が最初の拠点を比べる際は、賃金水準・人材プール・営業税を別々に確認し、最後に職種別の人数計画を掛け合わせる手順をおすすめします。

賃金水準は「職種×地域」で見る

東西の差は指標と業種で変わるため、州の水準は最初のふるい分けに使い、次の段階で採用予定の職種ごとに給与レンジを確認します。業界の労働協約(Tarifvertrag)が適用される場合は、州の平均ではなく協約の賃金表が基準になります(ドイツ集団労働協約ガイド)。

人材プールと日系ネットワーク

2025年の就業者数(勤務地ベースの年平均)は、NRWが約984万人、バイエルンが約787万人、バーデン=ヴュルテンベルクが約641万人なのに対し、ザクセンは約205万人、メクレンブルク=フォアポンメルンは約75万人です。熟練人材をまとめて採用する工場計画では、労働コストの低さと採用母集団の大きさを同時に確認してください。

日系企業との近さを重視する場合の目安として、在デュッセルドルフ日本国総領事館によると、NRW州内の日系企業拠点数(事業所単位)は640社(2025年10月1日現在)で、うちデュッセルドルフ市が380社です。日系の顧客や取引先への営業が中心の事務所では、この集積が立地を選ぶ理由になり得ます。

営業税は州ではなく自治体で決まる

営業税は3.5%に自治体ごとの賦課率(Hebesatz)を掛けた率で課され、実効税率はおよそ7〜21%の幅があります。Destatisによると、2024年の全自治体の平均Hebesatzは409%でした(2025年8月21日発表)。人口2万人超の716自治体を対象とするDIHK(ドイツ商工会議所連合会)の2025年調査では加重平均が438%で、NRW州の平均は474%と全国平均を上回り、ブランデンブルクとバーデン=ヴュルテンベルクが最も低い水準です。Hebesatzの上位50自治体は1つを除いてすべてNRW州にあり、最高はオーバーハウゼンとミュールハイムの580%でした。最も低い水準はモンハイム(250%)など、経済力のある大都市の近郊の自治体です。

Hebesatzが250%なら営業税率は8.75%、580%なら20.3%となり、自治体の選び方で税率に倍以上の差が生じます(当社算出)。日系企業の集まるNRW州に事務所を置く場合も、州の平均ではなく候補自治体ごとのHebesatzを各自治体の公表値で確認してください。営業税を含む税負担の全体はドイツの法人税率 2026、工場の州別インセンティブや許認可はドイツ工場立地選定ガイドで扱っています。

よくある落とし穴

  • 定義の違う数字を1つの表に並べる:労働コスト(2025年、1時間45.00ユーロ)と時間当たり総支給(2025年4月、26.76ユーロ)は付随費用の有無が違います。民間の給与調査も、対象や定義が公的統計と異なる場合があります。
  • 2020年の州別値を現在の金額として使う:州別表は相対的な位置の把握に使い、金額は2025年の全国値や最新の賃金データに置き換えます。
  • 社会保険料を一律の率で掛ける:算定上限、ザクセン州の介護保険、労災保険とU1〜U3を反映しないと、高給与の職種では過大に、上乗せ費用の分だけ過小に見積もることになります。
  • 最低賃金の改定を見込まない:2027年は14.60ユーロへの引き上げが予定されています。2026年の引き上げで影響を受けた雇用の割合は、Destatisの推計で東部の方が高くなっていました。

よくある質問

州によって社会保険料率は違いますか?

2026年の料率と算定上限は全国共通で、例外はザクセン州の介護保険の配分(雇用主1.3%、従業員2.3%)です。健康保険の追加保険料は州ではなく保険者ごとに異なります。

州別の最新データはいつ更新されますか?

2024年調査の結果は2026年7月に公表予定とされていましたが、2026年9月22日時点で州別表は2020年の値のままです。公表後に順位や差の変化を確認し、社内の比較表を更新してください。

東部の州に工場を置くと人件費はどれくらい下がりますか?

2025年の製造業の平均年間総支給では東部が西部より26.3%低く、2020年の労働コストではザクセンがバイエルンより約23%低い水準でした。ただし最低賃金に近い雇用の割合や採用母集団の規模も州ごとに違うため、職種別の人数計画に当てはめて試算してください。

デュッセルドルフ周辺は割高ですか?

2020年の労働コストでNRWは全国=100に対して99.1と、全国平均とほぼ同じ水準です。営業税ではNRW州の平均Hebesatzが474%と全国平均を上回りますが、自治体による差が大きいため、候補地ごとの確認が欠かせません。

予算は円とユーロのどちらで作るべきですか?

人件費はユーロで発生するため、ユーロで計画し、円換算はECBなどの日付つき参照レートで併記すると、為替の影響を切り分けやすくなります。

まとめ——今週できる次の一歩

ドイツ州別の人件費は、2020年の州別労働コストでハンブルクとメクレンブルク=フォアポンメルンの間に約32%の差があり、2025年の賃金では東部が西部より指標によって15.5〜26.3%低い水準です。雇用主の総コストは、2026年の社会保険料(算定上限以下で総支給の21.15%、ザクセン州は20.65%)に労災保険とU1〜U3を加えて計算し、立地は営業税の自治体差と人材プールも合わせて判断します。

今週できる次の一歩は次の3つです。

  1. 採用予定の職種と人数、給与レンジの案を1枚にまとめ、本記事の計算式で2026年の雇用主コストを試算する。
  2. 候補となる州を2〜3に絞り、2020年の州別労働コストと2025年の東西差で感度を確認する。
  3. 候補自治体のHebesatzを各自治体の公表値で確認し、主要な取引先や日系企業の所在地と照らし合わせる。

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本記事は2026年9月22日時点の公開情報に基づいています。個別の給与設計や税務判断は専門家にご確認ください。