取締役報酬が「経費」でなくなる瞬間

ドイツ子会社(GmbH)の取締役(Geschäftsführer、以下GF)の報酬は、原則として損金に算入されます。ところが、その報酬が「役員としての労務の対価」ではなく「株主としての地位に基づく利益の分配」だと税務署が判断した瞬間、その部分は損金から外れます。これがverdeckte Gewinnausschüttung(vGA、隠れた利益配当)です。

この論点が典型的に問題になるのは、GFが株主本人であるか、株主に近い関係にある者(nahestehende Person)の場合です。本社が100%株主で、GFが本社から派遣された駐在員(株主ではない)という日系子会社の構図では、GFへの報酬そのものが直ちにvGAの典型例になるわけではありません。ただし、駐在員の人件費を本社とGmbHの間でどう負担・精算するかによっては、本社(株主)への利益移転としてvGAが問題になり得ます(後述)。

そして株主がGFを兼ねる場合に厄介なのは、報酬額そのものが常識的であっても、合意のタイミングや文書の形式を外しただけで否認され得ることです。金額の問題だと思って身構えていると、手続きの側で足をすくわれます。

本記事では、GF報酬がvGAとされる条件、賞与・退職年金の扱い、否認された場合の税負担、そして文書化の実務を整理します。

vGAとは:§8条3項2文が定めていること

法的根拠は法人税法(KStG)第8条です。同条は「所得の算定(Ermittlung des Einkommens)」を定め、その第3項第2文で 「隠れた利益配当もまた所得を減少させない(Auch verdeckte Gewinnausschüttungen … mindern das Einkommen nicht)」 と規定しています(§8 KStG)。

重要なのは、「損金にならない」だけで話が終わらない点です。vGAと認定された金額は、法人側では課税所得に戻され、株主側では配当を受けたものとして扱われます。一度の報酬設定ミスが、法人税・営業税・源泉税の3方向に波及する構造になっています。

妥当性(Angemessenheit)はどう判断されるか

税務調査では、報酬の妥当性が段階を踏んで検証されます。シュトゥットガルト商工会議所(IHK)の解説によれば、検証は次の順序で行われます。

第一に、各報酬要素が株主関係に基づくもの(gesellschaftsrechtlich veranlasst)でないか。第二に、各要素の金額が妥当か。第三に、報酬総額(Gesamtbezüge)が妥当か。そして総額の妥当性を測る基準として、GFの職務の種類と範囲、会社の将来の収益見通し、報酬と総利益の関係、同種企業(gleichartige Betriebe)との比較 が挙げられています。

ここで日系企業が最も誤解しやすいのが、「日本本社の役員報酬水準に合わせておけば安全」という発想です。判断基準はあくまでドイツの同種・同規模企業との比較であり、日本の水準は根拠になりません。逆に言えば、本社の役員より高い報酬であっても、ドイツの市場水準に照らして妥当であれば問題にはなりません。この非対称性を理解していないと、「本社より高くできない」という社内制約が、かえってドイツ側で人材を採れない理由になります。

事前の書面合意——支配的GFの最大の落とし穴

金額と並んで重要なのが、合意のタイミングと形式です。

法人税ガイドライン(KStR 2022 R 8.5第2項)は、支配的株主(beherrschender Gesellschafter)との関係では、民法上有効で、明確かつ一義的で、事前に(im Voraus)締結された合意がない場合や、合意どおりに実行されない場合には、原則として株主関係に基づく給付とみなすとしています。ここから遡及払いの禁止(Nachzahlungsverbot) が導かれます。前掲のIHKの解説は、実務上の目安として、給付が行われる事業年度の開始前に合意しておくことを求めています。

実務上の意味は単純です。期末に利益が出たから賞与を出す、という決め方はできません。 賞与を払うなら、対象期間が始まる前に金額または明確な算定式を書面で決めておく必要があります。本社の承認を待って期中に報酬を改定する場合も、承認前の期間にさかのぼって適用すると、その部分がvGAとされる可能性があります。

もう一つ、合意しただけで実際にそのとおり実行していない場合も否認理由になります。資金繰りを理由に支払いを止めるなら、事実上の未払いのまま放置せず、支払猶予(Stundung)の合意など、取り決めを書面で整えておくことが重要です。

賞与(Tantieme)には2つの上限がある

業績連動報酬(Tantieme)には、実務上2つの目安があり、両方を同時に満たす必要があります。

総報酬に占める割合。 報酬は原則として75%以上が固定、25%以下が業績連動であるべきとされます(前掲IHK、H 8.8 KStRを引用)。ただし創業期や経営が困難な時期については、個別事情に応じて変動部分の比率が高くても認められる余地があるとされています。

利益に占める割合。 2002年2月1日付のBMF通達(BStBl I S. 219)に基づき、Tantiemeの合計が年度利益(Jahresüberschuss)の50%を超える場合はvGAとなり得るとされています。基準となるのは商法上のJahresüberschussで、Tantieme自体と法人税等を控除する前の金額です(解説)。

この2つは別々の目安である点が肝心です。固定給を低く抑えてTantiemeを大きくする設計は、たとえ総額が市場水準に収まっていても、75:25の側で引っかかります。

退職年金(Pensionszusage)は要件が細かい

GFへの退職年金の約束(Pensionszusage)は、認められるための要件が細かく定められています。実務解説によれば、主な要件は次のとおりです。

年齢。 約束の時点でGFが60歳に達している場合、稼得可能性(Erdienbarkeit)が否定されます。

稼得期間。 支配的GFは、約束から最も早い受給開始時点まで最低10年が必要です。非支配的GFの場合は、この10年に代えて、約束から受給開始までに3年以上あり、かつ通算12年以上在籍していることでも足りるとされます。

試用・待機期間。 個人については、採用から約束までの2〜3年があれば通常足りるとされます。一方、新設会社については、将来の収益性を判断するために約5年の待機期間(unternehmensbezogene Wartezeit)が必要とされます。

この最後の点は、進出間もない日系子会社に直撃します。設立直後のGmbHでGFに年金を約束しても、まず認められません。 年金を報酬パッケージの柱に据えた採用提案を出す前に、この待機期間を確認しておく必要があります。

駐在員GFの報酬を本社が負担する場合

日系企業に固有の論点がこれです。駐在員であるGFの給与の全部または一部を日本本社が支払い、その後ドイツ子会社に請求する(あるいは請求しない)という設計があります。

税務上の問いは2つに分かれます。第一に、GmbHが負担すべき人件費をGmbHが負担しているか。 GFの労務がGmbHのために提供されている以上、その対価はGmbHの費用であるのが原則です。第二に、GmbHが本社に支払う金額が独立企業間価格に収まっているか。 ここを超えれば、超過分がvGAとされる余地が生まれます。

この領域は移転価格と重なります。本社費配賦・マネジメントフィーの独立企業間価格の考え方は本社費配賦とマネジメントフィーで、親子間の資金フロー全体の整理は親子間送金タイプ別ガイドで扱っています。駐在員の給与課税そのもの(Lohnsteuerと税クラス)はドイツの給与課税を参照してください。

ここは社内判断で完結させるべきではない分岐点です。 給与の負担者、請求の有無、租税条約上の扱いが絡み合い、設計を誤ると法人税・源泉税・移転価格の3方向から同時に指摘を受けます。

vGAと認定されたら何が起きるか

影響は法人と株主の両側に及びます。

法人側。 vGA相当額が課税所得に戻され、法人税15%に連帯付加税(法人税額の5.5%)が乗り、さらに営業税(3.5%×自治体のHebesatz)が追加で発生します。損金算入を前提に組んだ税負担の見通しが、遡って崩れることになります。

株主側。 配当を受けたものとして扱われます。ドイツの国内法では資本利得税25%+連帯付加税で合計26.375%。ただし日独租税条約の適用により、議決権25%以上を18ヶ月以上保有する場合は0%、10%以上を6ヶ月以上保有する場合は5%、それ以外は15%に軽減されます。日本本社が100%株主であれば条約上0%となる余地がありますが、軽減を受けるには所定の手続きが必要であり、自動的に適用されるわけではありません。

なお、法人側でvGAが認定された場合に株主側の課税を対応して調整する仕組みが§32a KStG(vGA・隠れた出資がある場合の税額決定の発付・取消・変更)に置かれています。同条により、株主側の税額決定の期限は、法人に対する税額決定が確定(unanfechtbar)してから1年を経過するまで終了しません。つまり、法人側の調査が終わった後に株主側へ波及する時間差が制度として組み込まれています。「法人の調査が終わったから一段落」とはならない点に注意してください。

文書化チェックリスト

税務調査で問われるのは、結局のところ次の点に集約されます。

  • GF任用契約(Anstellungsvertrag)が書面で存在し、当事者が署名しているか
  • 報酬の全要素(固定給・賞与・現物給与・年金)が契約に明記されているか
  • 報酬の改定が、適用開始の前に決議・書面化されているか(さかのぼって適用していないか)
  • Tantiemeに明確な算定式があり、固定:変動が概ね75:25の範囲に収まっているか
  • Tantiemeの合計が年度利益の50%を超えていないか
  • 契約どおりに実際に支払われているか(未払計上のまま放置していないか)
  • 社用車・住宅手当・帰国旅費などの現物給与が、契約と給与計算の双方に反映されているか
  • 同種・同規模のドイツ企業との報酬比較資料を保管しているか

GFの選任・登記・会社法上の責任についてはGeschäftsführerとは:ドイツGmbH取締役の要件・責任で整理しています。

よくある落とし穴

期中の報酬改定を、承認前の期間にさかのぼって適用する。 支配的株主のGFでは事前の合意が必要です。本社の決裁を待ってから期首にさかのぼって適用すると、その部分がvGAとされるおそれがあります。

現物給与を契約に書かない。 社用車の私的利用や住宅補助を「福利厚生」として契約外で提供すると、契約に基づかない給付、すなわち株主関係に基づく給付とみなされる余地が生まれます。

「利益が出たので賞与」を毎年繰り返す。 遡及払いの禁止に正面からぶつかる運用です。算定式を事前に置けば同じ経済効果を適法に実現できるため、失うものが大きい失敗です。

無報酬のGFを置いて安心する。 会社から株主への給付がない以上、報酬ゼロそれ自体はvGAの典型例ではありません。ただしGFが本社から給与を受け取りながらGmbHのために働いている場合、前述の費用負担と移転価格の論点はそのまま残ります。「払っていないから問題ない」とはなりません。

よくある質問

Q. 日本本社の役員報酬と同じ水準にしておけば安全ですか。

A. 判断基準はドイツの同種・同規模企業との比較です。日本の水準は根拠になりません。

Q. GFが株主でない(純粋な雇われ取締役)場合もvGAの対象ですか。

A. vGAは株主、または株主に近い関係にある者(nahestehende Person)への給付を前提とします。株主でない駐在員GFへの報酬は、それだけではvGAの典型例ではありません。問題になりやすいのは、GmbHが本社(株主)のために費用を負担する、本社への精算額が独立企業間価格を超える、といった形で本社に利益が移る場合です。

Q. Tantiemeを完全になくせば安全ですか。

A. 75:25と50%の目安は回避できますが、固定給の総額妥当性の検証は残ります。上限の話が消えるだけで、妥当性の話は消えません。

Q. 報酬を後から減額すれば否認を避けられますか。

A. 認定は対象事業年度について行われるため、事後の減額で遡って治癒することは期待できません。設計は事前がすべてです。

Q. 設立直後で年金が使えない場合、報酬設計はどうしますか。

A. 固定給と、要件を満たすTantiemeの組み合わせで設計するのが実務的です。年金は待機期間の経過後に改めて検討します。

まとめ——今週できる次の一歩

GF報酬のvGAリスクは、金額の問題である以上にタイミングと書面の問題です。株主がGFを兼ねる場合、妥当な金額であっても、さかのぼって決めた、契約に書いていない、契約どおり払っていない——このいずれかがあれば、否認の入口に立つことになります。

今週できる一歩として、手元のGF任用契約を開き、3点だけ確認してください。第一に、直近の報酬改定はいつ決議され、決議前の期間にさかのぼって適用していないか。第二に、賞与に書面の算定式があるか。第三に、社用車・住宅などの現物給与が契約に書かれているか。 ここで引っかかりがあれば、次の改定や次の事業年度より前に、取り決めを書面で整えてください。さかのぼって治癒することはできません。

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本記事は2026年9月22日時点の公開情報に基づいています。税率・法令・通達は変更される場合がありますので、実際の意思決定にあたっては最新の公式情報および税理士・弁護士の確認をお願いします。