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ドイツGmbH定款(Satzung):記載事項と設計【2026年版】

2026年7月13日(月)

定款は「設立書類」ではなく、10年使う統治のOSである

ドイツで現地法人を設立するとき、定款は多くの場合、公証人が用意した雛形にサインして終わります。設立を急いでいる、内容はドイツ語で読めない、費用も抑えたい——事情はよく分かります。

しかし数年後、その雛形が原因で本社が困る場面が必ず来ます。現地の取締役が本社に無断で長期契約に署名した。事業を拡大しようとしたら事業目的(Gegenstand)に入っておらず、公証と登記をやり直すことになった。持分を第三者に譲渡されそうになったが、定款に制限がなかった——いずれも、設立時に数百ユーロと数時間を惜しんだ結果です。

定款は設立のための通過儀礼ではなく、本社と現地法人の関係を規律する統治のOSです。本記事では、法律上の必須記載事項を押さえたうえで、日系子会社が実際に検討すべき条項、雛形(Musterprotokoll)を使ってよい場面とそうでない場面、そして変更に何がかかるのかを整理します。


1. 「定款」と訳される3つの文書を、まず切り分ける

日本語の「定款」は、ドイツの実務では複数の異なる文書に対応します。ここを混同すると、議論が噛み合いません。

ドイツ語 実体 公証 登記所で公開されるか
Gesellschaftsvertrag GmbHの定款。法律上の正式名称(GmbHG §2・§3) 必要 される
Satzung 本来は株式会社(AG)や社団の用語。実務ではGmbHの定款も慣用的にこう呼ぶ 必要 される
Geschäftsordnung für die Geschäftsführung 取締役の職務規程。定款とは別の内部文書 不要 されない

GmbHの定款を指す語としてはGesellschaftsvertragが正確ですが、現地の弁護士も日常的に「Satzung」と言います。呼び方の違いに実務上の差はありません。

実務上決定的なのは3行目です。定款は商業登記所(Handelsregister)で誰でも閲覧できる公開文書です。取引先も、競合も、採用候補者も見られます。一方、取締役の職務規程(Geschäftsordnung)は公証も登記も不要で、非公開のまま社員総会決議で変更できます。

ここから、設計上の第一の判断ルールが出ます。「外部に見せてよく、かつ簡単に変えたくない事項」は定款へ。「社内の運用ルールで、機動的に見直したい事項」は職務規程へ。 承認金額の閾値や報告フォーマットまで定款に書き込むと、金額を変えるたびに公証人と登記所を経由することになります。登記実務の全体像はドイツ商業登記(Handelsregister)を参照してください。


2. 必須記載事項(GmbHG §3 Abs.1)

GmbHG §3 は、定款に必ず含めなければならない事項を定めています。

  1. 商号(Firma)と本店所在地(Sitz) — Sitzはドイツ国内の地名を指定します
  2. 事業目的(Gegenstand des Unternehmens)
  3. 資本金の額(Stammkapital) — GmbHは25,000ユーロ以上
  4. 各社員が引き受ける持分の数と額面(Nennbeträge der Geschäftsanteile) — 全持分の額面の合計が資本金と一致する必要があります

さらに §3 Abs.2 により、事業の存続期間を限定する場合や、社員に出資以外の義務を課す場合は、定款に定めなければ効力を持ちません。口頭の合意や株主間の私的な覚書では足りない、ということです。

落とし穴:事業目的(Gegenstand)を狭く書きすぎる

日系子会社の定款で最も頻繁に問題になるのがここです。設立時に「親会社製品のドイツ国内における販売」とだけ書いてしまうケースが典型です。

事業目的は登記され公開されるうえ、許認可の要否判断にも参照されます。数年後に保守サービス、技術コンサルティング、EU域内の他国への再販、あるいは自社製品の製造を始めようとすると、定款変更(公証+登記)が必要になります。かといって「あらゆる商業活動」といった無内容な記載は登記所に受理されません。

実務的な着地点は、現在の事業を具体的に記載しつつ、隣接領域を含む展開余地を持たせた表現にすることです。設立段階で「3年後に何を売っている可能性があるか」を本社と現地で一度議論し、その範囲を目的条項に反映させておく。この30分の議論が、後年の変更コストと数週間の時間を節約します。


3. 日系子会社が必ず検討すべき任意条項

必須記載事項だけの定款は、法的には有効ですが、統治の道具としては空っぽです。以下は、日本親会社が100%出資する典型的なGmbHで検討すべき条項です。

(1) 持分譲渡の制限(Vinkulierung)

GmbHG §15 により、持分の譲渡は公証を要する契約で行われます。そして同条は、定款によって譲渡に追加の要件を課すこと、特に会社の承認にかからしめることを認めています。この承認留保条項(Vinkulierung)が最も一般的な形です。

100%子会社では「譲渡する相手がいないから不要」と考えがちですが、将来の合弁化、現地パートナーへの一部譲渡、担保設定などを想定すると、社員総会の承認を要する旨を最初から入れておくのが実務です。後から入れるには定款変更が必要になります。

(2) 取締役の権限制限と本社同意事項(Zustimmungskatalog)

ここが日系子会社で最も重要な論点です。GmbHG §37 は2つのことを定めています。

  • Abs.1:取締役は、定款または社員決議で定められた権限の制限を、会社に対して遵守する義務を負う
  • Abs.2:しかしその制限は、第三者に対しては法的効力を持たない

つまり、「1万ユーロ超の契約は本社承認を要する」と定款に書いても、取締役がそれを無視して10万ユーロの契約に署名すれば、その契約は会社を拘束します。相手方は定款上の制限に縛られません。同意事項カタログが機能するのは、あくまで内部関係——違反した取締役に対する解任事由・損害賠償請求の根拠として、です。

この構造を理解していないと、「定款に書いたから安心」という誤った安心を持つことになります。実務上必要なのは次の3点セットです。

  1. 同意事項カタログ(定款または職務規程で規定)
  2. 単独代表権を与えず、共同代表とする、または本社出身者を含む複数取締役体制にする
  3. 銀行口座の権限設定で、実際の支払を物理的に制限する

取締役の代表権・責任の詳細はドイツGmbHの取締役要件と責任にまとめています。

(3) §181 BGB(自己契約)の免除

親会社と子会社の間で取締役が同一人物のとき、その人物が両社を代表して契約を結ぶには、BGB §181 の免除が必要です。免除は定款で直接与えるか、定款に根拠を置いたうえで社員決議によって与えます。いずれの場合も、免除は商業登記に登記されて初めて対外的に機能します。

ここには、実務でつまずきやすい細かい罠があります。§181 は性質の異なる2つの禁止——自己契約(Insichgeschäft)の禁止と、双方代理(Mehrfachvertretung)の禁止——を含んでいます。したがって免除の文言は、両方を明示的にカバーしていなければなりません。「§181 の"制限"(単数)からの免除」といった曖昧な決議・登記申請は不十分とされ、登記が通らない事例が報告されています。定款・決議・登記申請の文言は、公証人と必ず突き合わせてください。

日系子会社では本社出向者が両社の役職を兼ねることが多く、免除がないまま親子間の売買契約や貸付契約を締結してしまう例が後を絶ちません。

(4) 社員総会の招集・決議方法

日独の時差と出張コストを考えれば、書面決議・持ち回り決議・ビデオ会議による総会を明示的に許容する条項は事実上必須です。招集期間、招集通知の言語(ドイツ語のみか、英語も可か)、議事録の作成方法まで定めておくと、後の実務が軽くなります。

(5) 事業年度(Geschäftsjahr)

本社の3月決算に合わせるか、ドイツの慣行どおり12月決算にするか。事業年度は定款の記載事項であり、後から変更するには定款変更と税務署の同意が要ります。判断材料はドイツGmbHの会計年度設計に整理しています。

(6) 持分の強制回収(Einziehung)

社員が破産した、合弁パートナーとの関係が破綻した——といった場面で、その社員の持分を強制的に回収するには、定款にあらかじめ根拠条項がなければなりません。合弁を少しでも想定するなら、設立時に入れておくべき条項です。


4. Musterprotokoll(定型書式)を使ってよいか

簡易設立手続きでは、法律が定める雛形(Musterprotokoll)を使うことで、定款・取締役選任・社員名簿を1枚の書式で済ませられます。適用要件は明確で、社員が3名以下・取締役が1名の場合に限られます(GmbHG §2 Abs.1a、Anlage 1)。現物出資(Sacheinlage)を用いる設立には使えません。

なお、2022年8月1日以降、ビデオ通話による公証(公証法 §§16a–16e)を用いたオンライン設立が可能になり、これに対応した専用の雛形(GmbHG 別表2)も用意されています(IHK Frankfurt:GmbHのオンライン設立)。渡航せずに設立できる点は、日本の本社にとって大きな利点です。公証手続きの流れはドイツGmbHの公証人手続きを参照してください。

それでも、日系子会社にMusterprotokollは推奨しません。 理由は単純で、雛形には上記のVinkulierungも同意事項カタログも§181免除も入らないからです。雛形で節約できるのは数百ユーロ規模。一方、後から条項を追加するには定款変更が必要で、1件あたり数百ユーロと数週間がかかります。「安く速く設立し、後で直す」は、ドイツの定款に関しては成立しません。

Musterprotokollが合理的なのは、(a)テスト目的のペーパーカンパニー、(b)短期で清算する予定の器、(c)取締役が1名で、その1名が本社の完全なコントロール下にある単純な販売拠点——といった限定的な場合です。IHKも複数社員向けの個別定款の雛形を公開しており(IHK Halle-Dessau)、出発点として参照できます。


5. 定款変更の手続きと費用(GmbHG §53・§54)

GmbHG §53 により、定款変更には次が必要です。

  1. 社員総会決議:投じられた議決権の4分の3以上の多数(定款でより厳格な要件を課すことは可能)
  2. 公証(notarielle Beurkundung):決議そのものを公証人が認証する
  3. 商業登記への登記:登記されて初めて効力が生じる(§54)

3点目は見落とされがちです。社員総会で決議した日ではなく、登記された日から効力が生じます。 事業年度の変更や増資のように「いつから有効か」が決定的な変更では、登記の完了時期から逆算してスケジュールを組む必要があります。

また、社員に追加の義務を課す変更(追加出資義務など)は、4分の3の多数では足りず、影響を受ける社員の同意が必要です。

費用の目安

公証費用は裁判所・公証人費用法(GNotKG)に基づき、変更の「取引価額(Geschäftswert)」から算定されます。商号変更や事業目的の変更のように金銭価値が定まらない登記事項は、一定の価額(実務上30,000ユーロ)を基準に算定されるのが一般的です。実務相場としては、変更1件あたり公証・登記合わせて300〜500ユーロ程度が目安です(公証費用には19%のVATが加算されます)。なお、商業登記の裁判所手数料は2025年6月1日の改定で引き上げられています。

金額そのものは大きくありませんが、ここには回数のコストがあります。取締役の同意事項を1つ足すたびに、公証人の予約、決議、登記申請、登記完了までの待ち時間が発生します。したがって実務上の鉄則は、変更は溜めてから一度にまとめること。そして何より、設立時に将来の条項を織り込んでおくことです。


6. よくある落とし穴

1. 事業目的が狭く、事業拡大のたびに定款変更。 前述のとおり、設立時の30分の議論で防げます。

2. 「定款に書いたから取締役の暴走は防げる」という誤解。 §37 Abs.2 により、権限制限は第三者に対抗できません。共同代表と銀行権限の設計が伴わなければ、実効性はありません。

3. §181 BGBの免除がないまま親子間契約を締結。 兼任役員がいる場合、契約の有効性が争われるリスクがあります。設立時に定款へ根拠を置き、登記しておくのが定石です。

4. 定款が英語で存在すると思い込む。 公証・登記の正本はドイツ語です。英語版は参考訳にすぎません。本社が英訳しか読んでいないと、条項の解釈がずれます。重要条項については、独文と和訳を突き合わせたレビューを一度行うこと。

5. 定款と職務規程・株主間契約の役割分担が未整理。 何を公開文書に書き、何を非公開の内部文書に置くかを決めないまま作ると、機密性の高い数値が登記所で公開されたり、逆に拘束力のない文書に重要な統制を置いたりします。


7. よくある質問

Q. 定款はドイツ語でなければならないのですか。 A. 公証および登記に用いる正本はドイツ語です。実務では独英・独和の対訳を用意し、本社の理解と現地の法的効力を両立させます。

Q. 100%子会社でも、Vinkulierungや同意事項カタログは必要ですか。 A. 必要です。100%子会社であっても、取締役は現地で単独に行動できます。統治は資本構成ではなく、条項と権限設計で担保するものです。

Q. 定款を後から差し替えることはできますか。 A. 個々の条項の変更のほか、定款全体を新しい条文(Neufassung)に置き換えることも可能です。手続きは同じく4分の3以上の決議・公証・登記であり、変更が多数に及ぶ場合はむしろ全面改訂のほうが効率的です。

Q. UG(haftungsbeschränkt)でも定款の考え方は同じですか。 A. 基本構造は同じですが、利益の一部を積み立てる義務など、UG特有の制約があります。GmbHとUGの違いを参照してください。

Q. 設立費用を抑えたいのですが、どこを削るべきですか。 A. 定款は削るべきではありません。設立関連の一時費用は初期投資全体のごく一部であり、本当に効くのは固定費の発生タイミングの設計です(ドイツ進出の初期投資:内訳と最適化)。


まとめ:今週できる次の一歩

定款設計で押さえるべきは3点です。必須記載事項は §3 が決めており選択の余地はない。差がつくのは任意条項である。そして任意条項は、後から入れるほど高くつく。

これから設立する場合は、公証人にドラフトを依頼する前に、次の3つを本社と現地で決めてください。

  1. 事業目的の射程 — 3年後に何を売っている可能性があるか
  2. 同意事項カタログ — 何を本社承認事項とし、それを定款に置くか職務規程に置くか
  3. 代表権の構成 — 単独代表か共同代表か、§181免除を付すか

すでにGmbHをお持ちの場合は、現行定款に (a) 持分譲渡制限、(b) §181免除、(c) 書面・ビデオ決議の許容 が入っているかを確認してください。 3つとも欠けている定款は、雛形のまま設立された可能性が高く、統治上の空白があります。

TSM合同会社では、日系企業のドイツ現地法人について、定款条項の設計、本社同意事項カタログの作成、既存定款のレビューと改訂を、日本語で支援しています。法務・コンプライアンス面の体制整備については法務・コンプライアンス支援サービスをご覧ください。設立前の段階でご相談いただくほど、選択肢は多く、費用は小さくなります。

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本記事は2026年7月13日時点の法令・公開情報に基づく一般的な解説であり、個別の法律助言ではありません。定款条項の設計にあたっては、必ずドイツの公証人・弁護士による確認をお取りください。

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