EU、特にドイツで取引先や買収候補と技術・顧客情報をやり取りするとき、NDA(秘密保持契約、ドイツ語ではGeheimhaltungsvereinbarung)は単なる約束ではなく、営業秘密として法的保護を受けるための「秘密保持措置」の一部として評価されます。本記事では、EU営業秘密指令とドイツ営業秘密保護法(GeschGehG)の条文を起点に、NDAの条項設計、準拠法と裁判管轄、違約金条項、個人データの扱いまでを日系企業の実務に沿って整理します。

なぜEU・ドイツではNDAの位置づけが違うのか

EUは2016年6月8日の営業秘密指令((EU) 2016/943)で営業秘密の定義と保護の共通ルールを定め、2018年6月9日までの国内法化を求めました。ドイツでは連邦議会が2019年3月21日に可決したGeschGehGが、IHKギーセン=フリートベルクの解説によれば2019年4月26日に施行されました。

決定的な変化は保護の条件です。政府法案の理由書(連邦議会資料19/4724)によれば、旧法(不正競争防止法§17の旧規定)では、客観的な状況に表れた主観的な秘密保持の意思で足りました。GeschGehGでは「状況に応じた適切な秘密保持措置」が客観的な要件となり、紛争になれば情報の保有者がその立証責任を負います。守りたい情報ごとに、どのような措置を講じたかを後から示せる状態にしておくことが出発点です。法律全体の構造はドイツ営業秘密保護法(GeschGehG)完全ガイドで解説しています。

営業秘密として保護される3つの要件

連邦議会の法務・消費者保護委員会による修正(資料19/8300)を経て成立したGeschGehG第2条第1号は、営業秘密を次の3つをすべて満たす情報と定めています(本記事の条文は2019年の制定時の内容です)。

  1. 全体として、または構成要素の正確な配置・組み合わせとして、その種の情報を扱う人々の間で一般に知られておらず容易にアクセスできず、そのために経済的価値を持つこと
  2. 正当な保有者が、状況に応じた適切な秘密保持措置の対象にしていること
  3. 秘密保持について正当な利益があること

指令第2条第1項も、秘密であること、秘密であるがゆえの商業的価値、状況に応じた合理的な措置の3点を求めています。第3の「正当な利益」は、指令の前文(考慮事由14)などを踏まえて委員会審議で加えられた要件です。理由書は、営業秘密になりうる情報の典型として、製造方法、顧客・仕入先リスト、原価情報、事業戦略、市場分析、試作品、配合やレシピを挙げています。

NDAは「適切な秘密保持措置」のどこに位置づくか

理由書は、必要な措置は営業秘密の種類と利用状況によるとし、物理的なアクセス制限と並んで契約による保護を挙げています。すべての情報に個別の表示をする必要はなく、情報のカテゴリーごとの措置や社内規程、雇用契約での定めでもよいとされます。適切さの判断では、営業秘密の価値と開発費、情報の性質、会社にとっての重要性、会社の規模、社内の通常の措置、表示の方法、従業員や取引先との契約上の取り決めなどが考慮されうると説明されています。NDAはこのうち取引先との取り決めにあたり、アクセス権限の管理などと合わせて評価されます。

NDAにはもう一つの法的な意味があります。GeschGehG第4条第2項は、使用を制限する義務や開示しない義務に違反した営業秘密の使用・開示を禁じ、指令第4条第3項も秘密保持契約や使用制限義務の違反を不正な使用・開示としています。NDAで目的外の使用と第三者への開示を禁じておけば、営業秘密に当たる情報については、違反は契約違反であると同時に同法上の侵害となり、侵害の除去と差止め(第6条)、故意・過失がある場合の損害賠償(第10条。侵害者の利益や、許諾を得ていれば支払うべきだった相当な対価を基準にした算定も可能)を請求できます。侵害者が企業の従業員や受任者(Beauftragter)であれば、差止め等の請求は企業の保有者にも向けられます(第12条)。

刑事罰もあります。自己または他者の競争を利する目的や私利のために、取引上預けられた秘密の技術的な図面や仕様(geheime Vorlage oder Vorschrift technischer Art)を、こうした義務に違反して使用・開示した者は、2年以下の自由刑または罰金の対象となりえます(第23条第3項)。訴追には原則として告訴(Antrag)が必要です。

条項設計のチェックポイント

IHKギーセン=フリートベルクは、NDAに盛り込む内容として、秘密の内容の記述、合意の目的、禁止される行為、保護期間、サービス提供者への開示の扱い、違反時の違約金を挙げています。これを法律の構造に当てはめると、次の順で点検できます。

目的と使用範囲を限定する

NDAの目的条項は、第4条第2項にいう「使用を制限する義務」の根拠になります。「本件取引の評価のためにのみ使用する」のように目的を特定しておかないと、どの使用が義務違反かを示しにくくなります。

秘密情報の定義と表示

理由書のとおり、法律上はすべての情報に表示をする必要はありません。一方、NDAで「CONFIDENTIALと表示した情報のみ」を秘密情報と定義すると、表示を漏らした情報は契約上の保護から外れます。開示側は、情報のカテゴリーで定義し、表示を補助的に使う設計が安全です。公知の情報、独自に開発した情報、第三者から適法に得た情報、法令で開示が求められる情報といった例外を明記し、独自の開発(第3条第1項第1号)や法令による開示(同条第2項)など、法律上許される行為と矛盾しないようにします。

リバースエンジニアリングの禁止

第3条第1項第2号は、適法に占有する製品を観察・調査・分解・試験して営業秘密を得ることを、取得を制限する義務がない限り認めています。理由書は、取引先に提供した製品については、保有者が契約で禁止していない場合にのみ分析が許されるとし、禁止の合意は有効なものでなければならないと述べています。サンプル、試作機、評価用の装置を渡すNDAには、分析禁止の条項(Sperrklausel)を明記します。

再開示先と従業員

相手方の従業員や下請への開示範囲を必要最小限に限り、同等の義務を課すことを条件にします。自社の従業員については、雇用関係上の権利義務は同法の影響を受けないとされ(第1条第3項第4号)、委員会は退職後の制限期間に関する労働裁判所の判例の要件を損なってはならないとしています。指令も、従業員が通常の業務で誠実に得た経験や技能の利用を制限する根拠にはならないと定めています(第1条第3項)。退職後の制限は競業避止(Wettbewerbsverbot)の論点として別に検討します。

準拠法と裁判管轄:Rome IとBrussels Ia

契約の準拠法はローマI規則((EC) No 593/2008)で決まります。当事者は準拠法を選ぶことができ(第3条第1項)、選ばれた法は加盟国の法でなくても適用されるため(第2条)、日本法の選択も可能です。選択がない場合は、特徴的な給付を行う当事者の常居所地の法、それも決められなければ最も密接な関係がある国の法になります(第4条第2項・第4項)。双方が秘密保持義務を負う相互NDAでは結論を予測しにくくなるおそれがあるため、明示的に選ぶのが基本です。

裁判管轄はブリュッセルIa規則((EU) No 1215/2012、2015年1月10日から適用)が扱います。当事者は住所地にかかわらず加盟国の裁判所を合意で選ぶことができ、別段の合意がなければその管轄は専属的です。合意は書面または書面で証明される形式などによる必要があり、永続的な記録を残す電子的な通信も書面と同等とされます(第25条)。本案の管轄が他の加盟国にある場合でも、その国の法で認められる保全措置を含む仮の措置は加盟国の裁判所に申し立てられます(第35条)。日本の裁判所や仲裁を選ぶ場合は、ドイツでの仮の差止めや執行の見通しを事前に専門家と確認します(ドイツの紛争解決:裁判か仲裁か参照)。

違約金(Vertragsstrafe)と約款規制

IHKは違約金をNDAの記載事項に挙げ、違約金の定めがない秘密保持・使用制限の条項が適切な保護措置といえるかは、これまでのところはっきりしないと指摘しています。ただし、自社のひな形として相手方に示す条項は約款(AGB)規制の対象になりえます。連邦通常裁判所(BGH)のプレスリリースが引用する§307 BGBは、信義則に反して相手方を不当に不利に扱う約款の条項を無効としています。

同リリースによれば、BGHは2017年8月31日の判決(VII ZR 308/16)で、クーポン冊子の発行会社が飲食店との契約の約款に定めた「故意の違反1件ごとに2,500ユーロ(約45万円、2026年9月22日のECB参照レートで換算)」の違約金を、§307第1項第1文により無効としました。一度きりの軽微な違反にも重大な違反にも同じ額が課され、最も軽い違反と比べて過大になるためです。事業者間の契約でもこの審査が及ぶことを示す例です。NDAでは、違反の重さに応じて金額を段階づける、違約金と損害賠償の関係を明記するなど、比例性を意識した設計が必要です。約款の組み入れと内容規制の全体像はドイツのAGB(約款)ガイドで扱っています。

個人データを共有する場合:GDPR

デューデリジェンスで従業員の一覧を渡す場合など、NDAの対象に個人データが含まれるときは、GDPRが別に適用されます。受領者が開示側の指示で個人データを処理する受託者(processor)にあたる場合、GDPR第28条第3項は、処理の対象・期間・性質・目的、個人データの種類、データ主体の類型などを定めた拘束力のある契約を求め、処理に携わる者が守秘を約束していることもその内容に含めています。秘密保持だけを定めたNDAでは、これらの記載事項を満たさない場合があります(EU・ドイツのデータ処理契約(DPA)参照)。

日本本社がEUから個人データを受け取る場合は、2019年1月23日の欧州委員会決定((EU) 2019/419)が、個人情報保護法の対象となる日本の個人情報取扱事業者への移転について、補完的ルールを前提に十分な保護水準を認めています。

よくある落とし穴

  • 本社のひな形をそのまま訳して使う:目的条項や再開示先の定めが曖昧なまま署名すると、第4条第2項の「義務違反」を示しにくくなります。
  • NDAだけで安心する:アクセス権限や情報の区分を管理していないと、適切な秘密保持措置の立証で不利になります。
  • サンプル提供に分析禁止を入れない:適法に占有する製品の分析は、契約上の禁止がなければ許されます。
  • 一律の高額違約金を入れる:軽微な違反にも同額を課す約款の条項は、無効とされるおそれがあります。
  • 準拠法だけを決める:裁判管轄と仮の措置の申立先を決めていないと、差止めの初動が遅れるおそれがあります。

よくある質問

Q. NDAを結べば、開示した情報は営業秘密として保護されますか? A. 自動的には保護されません。3つの要件をすべて満たし、NDAを含む措置が全体として適切と評価される必要があります。

Q. 日本法を準拠法、東京地裁を管轄にできますか? A. ローマI規則上、日本法の選択は可能です。管轄については、ブリュッセルIa規則第25条は加盟国の裁判所を選ぶ合意を対象とするため、日本の裁判所を選ぶ場合の効力やドイツでの執行は、個別に専門家に確認します。

Q. 違約金はいくらが妥当ですか? A. 本記事で確認した公的資料に金額の目安はありません。BGHの判例が示すように、最も軽い違反と比べても過大にならないかが問われるため、違反の類型ごとに金額を設計します。

Q. 自社の従業員ともNDAを結ぶべきですか? A. 理由書は、雇用契約や社内規程での定めも秘密保持措置になりうるとしています。退職後の制限は、労働法上の要件に沿って別途設計します。

まとめ——今週できる次の一歩

目的の限定、分析の禁止、比例的な違約金、準拠法と管轄の組み合わせが、NDAの実効性を左右します。今週は次の3点から着手できます。

  • 自社のNDAひな形を、目的・定義・分析禁止・再開示・期間・違約金・準拠法と管轄・個人データの8項目で点検する
  • 締結済みまたは交渉中のNDAのうち、サンプルや試作品の提供を伴うものを洗い出す
  • 秘密情報の区分と、誰がどの情報にアクセスできるかの記録を整える

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本記事は2026年9月22日時点の公開情報に基づいています。個別の契約の判断は、ドイツ法の弁護士にご確認ください。