「現地に在庫を持つか、都度送るか」は最初の分かれ道
ドイツ・EUで物を売ると決めたら、早い段階で必ず突き当たる問いがあります。現地(ドイツ・EU域内)に在庫を持つか、それとも注文のたびに日本から直送するか。この選び方は、納期、コスト、キャッシュフロー、VAT・通関の手間まで、事業のかたちを大きく左右します。
正解は一つではありません。商材、数量、顧客(B2BかB2Cか)、求められる納期によって、最適な形は変わります。そして2026年には、少額貨物の扱いを変えるEUの制度変更も控えています。本記事は、現地在庫と直送それぞれのメリット・デメリット、判断基準、そしてVAT・通関の実務を、2026年版で整理します。
二つのモデル:現地在庫と直送
まず、二つのモデルを定義します。現地在庫は、ドイツやEU域内の倉庫(自社倉庫または3PL)に在庫を置き、そこから域内の顧客に届ける形です。あらかじめまとめて輸入・通関し、以降は「域内取引」として売ります。
直送(ダイレクト・シップ)は、注文が入るたびに、日本(EU域外)から顧客のもとへ直接送る形です。現地に在庫を持たず、輸入・通関は貨物ごとに発生します。前者は「先に在庫を運び込む」、後者は「その都度、国境を越えて送る」——この違いが、以降のすべての差につながります。
現地在庫のメリット・デメリット
現地在庫の最大の強みは、納期と顧客体験です。域内から発送するため、翌日〜数日で届き、返品・交換にも素早く対応できます。ドイツの顧客が期待する「速くて確実な配送」に応えやすく、B2CのマーケットプレイスやB2Bの安定供給にも向きます。関税・輸入VATを先にまとめて処理するため、顧客側に予期せぬ費用が発生しないのも利点です。
一方、デメリットは先行コストと在庫リスクです。まとまった量を輸入・通関し、倉庫費用を負担し、在庫として資金を寝かせる。売れ残れば損失になります。加えて、ドイツで在庫を持つとVAT登録が必要になり、輸入VATや申告の実務も発生します(後述)。「速さ」と引き換えに、初期投資と管理の負担を負うモデルです。
直送のメリット・デメリット
直送の強みは、身軽さです。現地倉庫も在庫も持たないため、固定費が低く、在庫リスクや資金の固定もありません。取扱量が読めない立ち上げ期や、少量・高単価・多品種の商材には合理的な選択です。
弱みは、納期・単価・手間です。注文のたびに国境を越えるため、リードタイムが長く、1個あたりの送料も割高になりがち。返品対応も難しい。さらに、貨物ごとに通関とVATの処理が発生し、B2Cでは顧客が受取時に予期せぬ費用に直面することもあります。そして2026年、この直送モデルに関わる制度が変わります。
少額貨物の関税免除が終わる:2026年の転換
これまで、EUでは150ユーロ以下の少額貨物は関税が免除されてきました(VATと通関申告は必要)。欧州委員会によれば、EUはこの免除を撤廃する方針で、電子商取引の直送と、まとめ輸入する従来型小売との「競争条件をそろえる」ことを狙います。
具体策として、EU理事会は2025年12月、150ユーロ未満の小口貨物に一律3ユーロの関税を、2026年7月1日から課すことで合意しました。品目ごと(関税分類ごと)に適用され、EUのIOSS(後述)に登録する域外事業者が主な対象です。つまり、日本からの少額直送は、これまでより関税面のコストと手間が増す方向にあります。少額・多数の小口を直送するモデルほど、影響を受けます。取扱量が増えるなら、まとめて輸入する現地在庫のほうが有利になる場面が増える、ということです。
判断基準:どちらを選ぶか
では、どう選ぶか。判断の軸は、主に次のとおりです。取扱量と頻度——数が多く継続的なら現地在庫、少なく不定期なら直送。商材の単価・サイズ——高単価・小型は直送でも成立しやすく、低単価・大量は現地在庫が効く。求められる納期——翌日配送が競争条件なら現地在庫は不可欠。B2BかB2Cか——B2Cの小口大量は現地在庫やフルフィルメントが有利。返品率——返品が多い商材は現地拠点が要る。キャッシュフロー——在庫に資金を寝かせられるか。
実務では、ハイブリッドが現実解になることも多いです。売れ筋(回転の速い定番)だけ現地在庫に置き、ロングテール(少量・特殊品)は直送する。まず直送で市場の反応を見て、量が見えてきたら現地在庫に切り替える——段階的な移行も王道です。自社の数字(量・単価・納期要求)に照らして、モデルを設計してください。
VATと通関:どちらでも避けて通れない
どちらのモデルでも、VATと通関は避けて通れません。現地在庫なら、輸入時に輸入VAT(Einfuhrumsatzsteuer、ドイツの標準税率は19%)と関税を負担します。輸入VATは、VAT登録した事業者なら仕入税額控除の対象で、実質負担は抑えられますが、ドイツでのVAT登録とEORI番号が前提です。以降の域内販売はドイツのVATルールに従います(VAT申告の完全ガイド、輸入の関税とHSコード)。
直送でB2Cに売るなら、IOSS(Import One-Stop-Shop)が実務の鍵です。アイルランド歳入庁の説明によれば、IOSSは域外から消費者へ送る150ユーロ以下の貨物について、一つの加盟国で登録し、販売時点でVATを課して申告・納付できる仕組みで、通関時に別途VATを取られません。制度の詳細はEUのVAT(OSS・IOSS)ガイドに、費用負担の取り決め(DDP等)はインコタームズにまとめています。前述の2026年7月からの3ユーロ関税は、このIOSS利用の少額貨物にも関わります。
よくある落とし穴
納期要求を軽視する。 ドイツの顧客は速くて確実な配送を期待します。翌日配送が要る市場で、直送だけでは戦えません。
在庫リスクを甘く見る。 現地在庫は資金を寝かせ、売れ残れば損失です。量の読みと在庫管理が前提になります。
VAT登録を後回しにする。 ドイツで在庫を持つとVAT登録が必要です。輸入VATと申告の実務を織り込みます。
2026年の制度変更を見落とす。 150ユーロ以下の関税免除は撤廃され、7月から一律3ユーロの関税が課されます。少額直送のコストが上がります。
「どちらか一つ」に縛られる。 売れ筋は現地在庫、ロングテールは直送というハイブリッドが現実解になることも多いです。
顧客側の費用を放置する。 直送B2Cで顧客が受取時に費用を負担すると、体験が悪化します。IOSSやDDPで設計します。
よくある質問
Q. 現地在庫と直送、どちらが安いですか。 A. 取扱量次第です。少量・不定期なら直送が身軽で有利、多数・継続的なら現地在庫(まとめ輸入)が1個あたりで有利になりやすいです。単価・サイズ・納期要求も加味して判断します。
Q. ドイツで在庫を持つと何が必要ですか。 A. 輸入・通関に加え、ドイツでのVAT登録とEORI番号が必要です。輸入VAT(標準19%)は登録事業者なら仕入税額控除の対象です。以降の域内販売はドイツのVATルールに従います。
Q. 直送のB2CでVATはどうなりますか。 A. IOSS(Import One-Stop-Shop)を使えば、150ユーロ以下の貨物について販売時点でVATを課し、一つの加盟国で申告・納付でき、通関時に別途VATを取られません。詳細はEUのVAT(OSS・IOSS)ガイドを参照してください。
Q. 2026年の少額貨物の制度変更とは何ですか。 A. EUは150ユーロ以下の関税免除を撤廃する方針で、EU理事会は2026年7月1日から150ユーロ未満の小口貨物に一律3ユーロの関税を課すことで合意しました。少額直送のコストと手間が増す方向です。
Q. 立ち上げ期はどちらがよいですか。 A. 多くの場合、まず直送で市場の反応を見て、取扱量が見えてきたら現地在庫に切り替えるのが現実的です。売れ筋だけ現地在庫に置くハイブリッドも有効です。
Q. 返品が多い商材はどうすべきですか。 A. 返品対応の速さと費用を考えると、現地在庫(現地での受け入れ・再出荷)が有利です。直送は返品の物流とコストが重くなりがちです。
まとめ:今週できる次の一歩
現地在庫か直送かは、次の順で考えると整理できます。まず、自社の数字——取扱量・頻度・単価・サイズ・納期要求・返品率を把握する。次に、モデルの比較——現地在庫(速いが先行コスト)と直送(身軽だが納期・手間)を天秤にかける。そのうえで、2026年の制度変更——150ユーロ以下の関税免除撤廃と7月からの3ユーロ関税を織り込む。最後に、ハイブリッド——売れ筋は現地在庫、ロングテールは直送、と使い分ける。
在庫戦略は、納期・コスト・キャッシュフローの三つを同時に握る、事業の設計そのものです。自社の数字と顧客の期待に照らし、VAT・通関の実務まで見据えて選べば、ドイツ・EUでの販売は安定して伸ばせます。
TSM株式会社では、日系企業のドイツ・EU販売の在庫・物流設計について、現地在庫と直送の比較、3PLの選定、輸入VAT・通関・IOSSの実務、そして段階的な移行の設計まで、日本語で支援しています。オペレーション体制づくりは経営・実務支援サービスをご覧ください。在庫戦略は、自社の数字に合わせて選ぶほど、無駄なく効いてきます。
本記事は2026年9月2日時点の公開情報に基づく一般的な解説であり、個別の税務・物流助言ではありません。VAT・関税・IOSS等の制度(2026年の少額貨物に関する変更を含む)や税率・基準は改定され得るため、実務にあたっては公式情報やドイツ・EUの専門家による確認をお取りください。