実務ガイド

ドイツ・EUでの商標登録:日本企業のための完全ガイド——DPMA・EUIPO・マドリッドプロトコルの選び方と費用・期間・実務手順

2026年4月30日(木)

ドイツ・EU市場で事業を展開する日本企業にとって、商標(Marke / Trademark)の登録は知財戦略の出発点 です。製品名、サービス名、ロゴ、スローガンを未登録のまま現地販売を始めると、現地競合や悪意ある第三者に 先に登録される リスクがあります。一度先取りされると、奪還には2〜5年の訴訟と数十万EURのコストがかかることも珍しくありません。

本記事では、ドイツ・EU向けに商標を登録する 3つの主要ルート を比較し、選び方・費用・期間・実務手順・落とし穴まで、進出実務担当者目線で解説します。

3つの登録ルート概観

ルート 保護範囲 出願先 費用目安 期間
① DPMA(独国内) ドイツのみ Deutsches Patent- und Markenamt(ミュンヘン) 290〜900 EUR 約7〜8ヶ月
② EUIPO(EU全域) EU加盟27ヶ国 EU Intellectual Property Office(アリカンテ) 850〜1,800 EUR 約4〜5ヶ月
③ マドリッドプロトコル(国際) 指定国(独・EU等) 日本特許庁(JPO)経由 → WIPO → 各国 基本料金+各国料金 約12〜18ヶ月

選び方の基本

  • ドイツのみで事業展開:DPMA
  • 複数EU加盟国で事業展開:EUIPO
  • EU + 米国 + その他複数国に同時出願:マドリッドプロトコル

ルート①:DPMA(ドイツ国内出願)

メリット

  • 手続きが最もシンプル :ドイツの代理人と直接やり取り
  • 費用が最も安い :基本料金290 EUR(電子出願、3類まで)
  • 言語選択肢 :ドイツ語のみ
  • ドイツ国内での権利が最も強固 :純粋なドイツ法上の権利

デメリット

  • 保護範囲がドイツ国内のみ :他のEU加盟国は別途出願必要
  • 将来EU展開時の追加コスト :後でEUIPOに出願すると重複コスト

費用詳細

項目 費用
基本出願料(電子、3類まで) 290 EUR
追加クラス料(4類目以降、各クラス) 100 EUR
早期審査請求(オプション) 200 EUR
更新料(10年ごと、3類まで) 750 EUR
代理人費用(出願時) 800〜1,500 EUR
代理人費用(異議対応) 1,500〜5,000 EUR

期間

  • 出願 → 形式審査 :約1〜2ヶ月
  • 形式審査 → 公告 :約2〜3ヶ月
  • 公告 → 異議申立期間(3ヶ月) :3ヶ月
  • 異議なしの場合 → 登録 :合計 約7〜8ヶ月
  • 早期審査請求の場合 :合計約4〜5ヶ月

実務手順

  1. 事前調査 — DPMA データベース(DPMAregister)で類似商標確認
  2. 代理人選定 — ドイツの弁護士または弁理士(Patentanwalt)と契約
  3. 出願書類作成 — 商標、商品・サービス(ニース分類)、出願人情報
  4. 電子出願 — DPMA Direktによる電子出願
  5. 形式審査 — DPMAによる絶対的拒絶理由の審査
  6. 公告(Veröffentlichung) — Markenblattに公告
  7. 異議期間(Widerspruchsfrist) — 3ヶ月間
  8. 登録(Eintragung) — 異議がなければ自動登録

ルート②:EUIPO(EU共同体商標)

メリット

  • EU加盟27ヶ国で一括保護 :1出願で27ヶ国カバー
  • 費用効率が良い :複数国出願より圧倒的に安い
  • DPMAより審査が早い :約4〜5ヶ月
  • 言語選択肢が豊富 :英・独・仏・伊・西の5言語から選択

デメリット

  • 「全EU or なし」の原則 :1ヶ国でも先行商標があると全体が拒絶される
  • 既得権との衝突リスク :EU内のいずれかの国に類似商標があると全EU出願が無効に
  • 異議申立が増える :監視範囲が広いため、世界中から異議申立される可能性

費用詳細

項目 費用
基本出願料(電子、1クラス) 850 EUR
2クラス目 50 EUR
3クラス目以降(各クラス) 150 EUR
早期審査 :原則不可
更新料(10年ごと、1クラス) 850 EUR
代理人費用(出願時) 1,500〜2,500 EUR
代理人費用(異議対応) 3,000〜10,000 EUR

期間

  • 出願 → 形式審査 :約1ヶ月
  • 形式審査 → 公告 :約1〜2ヶ月
  • 公告 → 異議申立期間(3ヶ月) :3ヶ月
  • 異議なしの場合 → 登録 :合計 約4〜5ヶ月

実務手順

  1. EU全域の事前調査 — EUIPO データベース(eSearch plus)+ TMview でEU加盟国全国を調査
  2. 代理人選定 — EU内の弁護士・弁理士(多くは独・西・伊が拠点)
  3. 出願書類作成 — 1出願でEU全域カバー
  4. 電子出願 — EUIPOウェブサイトから電子出願
  5. 形式審査・絶対的拒絶理由審査
  6. 公告(Bulletin)
  7. 異議期間 — 3ヶ月、EU加盟国の権利者から
  8. 登録

「全EU or なし」原則の対処法

EUIPOは1ヶ国でも先行商標があると全体が拒絶されます。対処法:

  • 事前調査の徹底 :TMview(無料)で全EU加盟国を確認
  • 派生戦略の準備 :EUIPOで拒絶された場合に主要国(独・仏・伊・西)への個別出願(Conversion)を検討
  • コエクシスタンス契約 :先行権者と共存契約を結ぶ可能性も

ルート③:マドリッドプロトコル(国際出願)

メリット

  • 複数国に一括出願 :日本特許庁経由で世界110ヶ国以上に同時出願可能
  • 管理が一元化 :更新・名義変更等を WIPO で一括管理
  • 費用効率 :5〜10ヶ国以上指定する場合、個別出願より安い
  • 言語は英・仏・西 :日本企業は通常英語で出願

デメリット

  • 基礎出願(日本)への依存 :登録から5年間、基礎出願が無効になると国際登録も連動して無効
  • 手続きが複雑 :日本特許庁・WIPO・各国の3層構造
  • 指定国ごとに異議対応必要 :ドイツ・EUでの異議申立は各々対応

費用詳細(独・EU指定の場合)

項目 費用
WIPO 基本料金(白黒、1クラス) 653 CHF
WIPO 基本料金(カラー、1クラス) 903 CHF
WIPO 追加料金(2クラス目以降、各) 100 CHF
EU指定の追加料金(1クラス) 870 CHF
ドイツ指定の追加料金(1クラス) 247 CHF
日本特許庁 手数料 9,000円
代理人費用(日本側) 80,000〜200,000円
代理人費用(各国の異議対応) 2,000〜10,000 EUR/国

期間

  • 日本基礎出願完了 → WIPO申請 :1〜2週間
  • WIPO審査 :約2ヶ月
  • 各指定国への通知 :自動
  • 各指定国の審査 :12〜18ヶ月(指定国によって異なる)
  • 登録 :合計 約12〜18ヶ月

日本企業がよく直面する論点

① 漢字・カタカナ商標の取扱い

実務的アドバイス

  • 漢字商標は『図形商標』として出願 :欧州では漢字は識別力を有する図形と認識される
  • 音訳のローマ字商標も併行出願 :例:「マルコメ」→ "MARUKOME" を別途出願
  • ロゴと文字を組合せた『複合商標』 :保護範囲が明確で、訴訟時に有利

② ニース分類の選び方

ニース国際分類(45類)から、自社の商品・サービスに該当するクラスを選定。

主要クラス例

クラス 内容 該当業種例
3類 化粧品・洗剤 化粧品メーカー
5類 医薬品・サプリメント 製薬・健康食品
9類 電子機器・ソフトウェア IT・電子部品
12類 自動車・部品 自動車・部品メーカー
18類 革製品・バッグ 鞄・革製品
25類 衣料品・履物 アパレル
29類 加工食品 食品メーカー
30類 調味料・茶・コーヒー 食品・飲料
35類 広告・小売サービス 商社・小売
41類 教育・娯楽 教育・コンテンツ
42類 IT・科学技術サービス IT・コンサル

実務上のコツ

  • 必要最小限のクラスから始める :余計なクラスは費用増+不使用取消リスク
  • 将来事業を考慮した拡張は別出願 :「何でもカバー」は不使用取消リスクで意味なし
  • 3クラスまでが基本料金内 :DPMA・EUIPOとも3クラスまでなら追加料金なし

③ 異議申立への対応

異議申立を受けた場合の選択肢

  1. 抗弁書提出 :先行権の不使用や類似性否認を主張
  2. コエクシスタンス契約 :先行権者と共存範囲を合意
  3. 指定商品・サービスの限定 :競合範囲を縮小して回避
  4. 取下げ・別商標への変更 :争いが長期化しそうな場合

対応費用

  • DPMA 異議:1,500〜5,000 EUR
  • EUIPO 異議:3,000〜10,000 EUR
  • 訴訟まで進む場合:30,000〜100,000 EUR

④ 更新管理(10年ごと)

  • 更新期限の見落とし :登録から10年で失効、6ヶ月以内に更新可能
  • 更新料の支払い遅延 :6ヶ月の猶予期間後、追加料金で6ヶ月のペナルティ期間
  • 管理ソフト :CompuMark、Anaqua等の商標管理システム、または代理人事務所のサービス

⑤ 不使用取消リスク

ドイツ法・EU法の規定

  • 登録後5年間使用しないと取消対象
  • 第三者から「不使用取消」の申立を受ける可能性
  • 使用証拠の保管 :商品パッケージ、広告、Web画面、領収書を長期保管

実務的対応

  • ロゴ・パッケージの定期写真撮影 :使用日付の証跡
  • 広告データのアーカイブ :オンライン広告のスクリーンショット・領収書
  • 販売実績の保管 :年度ごとに代表的な販売記録を保管

実務チェックリスト30項目

出願前(10項目)

  1. ☐ 事前調査(DPMA データベース、TMview、Google検索)完了
  2. ☐ 商標の絶対的拒絶理由(識別性、記述性、公序良俗)チェック
  3. ☐ 商標の相対的拒絶理由(先行類似商標)チェック
  4. ☐ ニース分類の選定(必要最小限)
  5. ☐ ロゴ商標は色付きか白黒かを判断(カラー登録は範囲狭く・費用高)
  6. ☐ 出願ルートの選定(DPMA/EUIPO/マドリッド)
  7. ☐ 代理人選定(独・EU内の弁護士・弁理士)
  8. ☐ 出願人情報の確定(個人 vs 法人、本社 vs 子会社)
  9. ☐ 予算確保(出願料+代理人費+異議対応リザーブ)
  10. ☐ 経営層・法務部門への報告・承認

出願後(10項目)

  1. ☐ 出願受領通知の確認(出願番号取得)
  2. ☐ 形式審査結果の確認・修正対応
  3. ☐ 絶対的拒絶理由通知への対応
  4. ☐ 公告掲載日の確認
  5. ☐ 異議申立期間中の監視
  6. ☐ 異議申立を受けた場合の対応戦略決定
  7. ☐ 抗弁書提出(必要時)
  8. ☐ コエクシスタンス交渉(必要時)
  9. ☐ 登録通知の受領・登録番号の管理
  10. ☐ 登録証(Markenurkunde)の保管

登録後(10項目)

  1. ☐ 商品パッケージ・広告での商標使用開始
  2. ☐ 使用証拠の継続的な保管
  3. ☐ 第三者侵害の監視(年次商標監視サービス契約)
  4. ☐ 自社の商標管理システムへの登録
  5. ☐ 更新期限のリマインダー設定(10年後の6ヶ月前)
  6. ☐ 名義変更時の手続き(社名変更・組織再編時)
  7. ☐ ライセンス供与時の登録(マドリッド経由でWIPOに)
  8. ☐ 5年経過時の不使用取消リスク確認
  9. ☐ 関連商標の追加出願検討(事業拡張時)
  10. ☐ 国際出願への切替検討(複数国展開時)

商標戦略の3つのフェーズ

フェーズ1:進出準備期(出願時点で進出地未定)

  • DPMA + EUIPO の併行出願 :ドイツを基盤とし EU全域も保護
  • 主要事業領域のみカバー :3クラスまで
  • 予算目安:DPMA + EUIPO で 3,000〜5,000 EUR

フェーズ2:本格展開期(複数EU国で販売開始)

  • EUIPO中心 :保護範囲拡大とコスト効率
  • 追加クラスの検討 :事業拡大に合わせて追加出願
  • 異議監視サービスの導入 :競合の類似商標出願を早期察知
  • 予算目安:年間 5,000〜15,000 EUR

フェーズ3:成熟期(複数大陸で事業展開)

  • マドリッド経由の世界展開 :米国・中国・東南アジアへの拡大
  • 専門知財弁護士事務所との顧問契約 :係争対応・防御
  • 商標ポートフォリオ管理 :価値評価・整理
  • 予算目安:年間 30,000〜100,000 EUR

まとめ:5つの最重要ポイント

  1. 進出前に出願を完了する :販売開始後の登録は遅すぎる
  2. DPMA・EUIPO・マドリッドの選択は事業計画から :将来の拡張を見据える
  3. 事前調査を徹底する :類似商標の見落としは数百万円の損失
  4. 異議申立対応の予算をリザーブ :登録費の3〜5倍を確保
  5. 更新と使用証拠管理を仕組み化 :10年後の失効・5年後の不使用取消を防ぐ

おわりに

商標登録は 進出後ではなく進出前 が原則です。日本本社で「来月発表予定」のブランドが、ドイツでは既に他社が押さえている——これは進出失敗の典型的なパターンです。

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本記事の情報は2026年4月時点のものです。商標法および各種規定は変更される可能性があります。実際の出願にあたっては、最新の情報と専門家のアドバイスをご確認ください。

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