市場分析

機械安全規格の注意点のよくある誤解10つ:EUで失敗しないために

2026年4月22日(水)

EU向けに機械製品を輸出する日本企業にとって、2026年は大きな節目の年です。2027年1月20日から新機械規則 (EU) 2023/1230(Machinery Regulation, MR)が適用開始となり、現行の機械指令 2006/42/ECは同日をもって置き換えられます。

新機械規則は現行指令と約90%は同一内容ですが、AI・サイバーセキュリティ・人間協働ロボット・IoT接続・ソフトウェアアップデートなど、現代的な要求が Annex III を中心に新設・拡充されました。残された約20ヶ月の準備期間で、日本企業が押さえるべき「誤解されがちな論点」を10つに整理します。

Q1:CEマーキングは「自己宣言」だけでOKですよね?

A:大半はそうですが、Annex I の『高リスク機械』は第三者認証が必須です。

現行機械指令では Annex IV の一部の危険機械が第三者認証対象でしたが、新機械規則ではAnnex I Part A(最高リスク)に分類された6カテゴリは、自己適合宣言が禁止され、認証機関(Notified Body)による**EU型式検査(EU Type Examination)**が義務化されます。

種類 現行(指令) 新規則(MR)
通常の機械 自己宣言可 自己宣言可
Annex IV 機械(現行) 一部第三者、または自己宣言+調和規格完全適用 MR Annex I Part B(中程度)相当に再編
AI安全機能・機械学習ベース安全コンポーネント 規定なし 第三者認証必須(Annex I Part A)

日系メーカーで「自社のPLCにAI機能を載せれば効率化できる」と検討している場合、この一行で認証ルートが根本から変わる点に注意してください。

Q2:旧機械指令で作った機械は、2027年1月20日以降も売り続けられますか?

A:はい、移行規定があります——ただし「市場投入日」が基準です。

キーワードは "placed on the market"(市場投入)2027年1月20日より前にEU市場に投入された機械は引き続き2006/42/EC 準拠で流通可能。同日以降に新規投入される機械MR 準拠が必須となります。

注意点:

  • 「製造日」ではなく「初めてEU市場に引き渡される日」で判断
  • 日本で在庫として保管している分は出荷タイミングで判定されるため、駆け込み出荷前倒しを検討する企業も
  • EU域内の倉庫在庫は、一般的にすでに投入済み扱いだが、法的には最初のEU購入者への引渡時点で確定

Q3:「機械指令」と「機械規則」、呼び方が違うだけでは?

A:いいえ、法的効果が根本的に違います。

項目 機械指令(Directive) 機械規則(Regulation)
各国法への転換(Transposition) 必要(各国が国内法化) 不要(EU全域で直接適用)
解釈の統一性 国ごとに差異あり EU全域で統一
施行時期 転換期限+公布で段階的 2027/1/20に一斉適用
改正手続 国内法改正も必要 EU単位で改正、即時反映

特にドイツの9. ProdSV(機械・製品安全条例)を起点に国ごとに微妙に異なっていた解釈が、MR施行後はEU全域で均一化されます。独子会社で「ドイツ独自ルール」と考えられていた事項の再整理が必要です。

Q4:AI搭載機械は一律に「高リスク」ですよね?

A:違います。『安全機能にAI/ML』がある場合に高リスク認定です。

MR Annex I Part A が指定する AI 関連の高リスクは、

安全コンポーネントまたは安全機能を実現する、完全または部分的に自己進化する挙動を示す機械学習アプローチを埋め込んだシステム

つまり「生産性最適化」「品質予測」にAIを使っているだけでは高リスクではなく、「安全関連制御システム」(例:衝突回避、緊急停止制御、人検知)に学習型AIを組み込んだ場合が対象です。

AI利用パターン Annex I Part A(第三者認証必須)?
生産ライン最適化用AI(安全系に影響なし)
品質検査用AI(選別・検査のみ)
作業員との衝突回避にML搭載ロボット
緊急停止判定にDNN使用

Q5:サイバーセキュリティ要件は「IT部門の話」でしょう?

A:いいえ、機械の設計・製造段階から適合を証明する必要があります。

MR Annex III には、安全関連制御システムが「偶発的障害だけでなく意図的なサイバー攻撃にも耐えること」が明記されています。ポイントは「安全機能への影響があるか」で、

サイバー攻撃の結果 MRサイバー要件の適用
生産停止・データ漏洩のみ ❌(他法令で対応)
安全機能が迂回される・誤動作する可能性あり

さらにCyber Resilience Act (EU) 2024/2847(2027/12/11 適用開始)と要件が重複する領域があり、業界団体はMRのサイバー要件をCRAと同期(+10ヶ月)させるよう欧州委員会に申し入れ中です(2026年3月更新版ポジションペーパー参照)。ただし現時点で公式の延期決定は出ていません

Q6:EN ISO 12100 に準拠していれば、新規則もそのまま通りますか?

A:原則はイエス、ただし『整合規格リスト』の更新を待つ必要があります。

**EN ISO 12100(機械類の安全性 — 設計のための一般原則、リスクアセスメント及びリスク低減)は、現行指令でも新規則でも中核的な調和規格(harmonised standard)**です。調和規格に準拠すれば「基本要求事項への適合推定(presumption of conformity)」が働きます。

ただし、

  • 新規則向けの整合規格リストはOJEUで段階的に公布
  • MR版のEN ISO 12100」として再公布が必要(条項マッピングの改訂を伴う)
  • prEN 50742(改ざん保護)など新設の整合規格がまだドラフト段階で、2026年中の公布を目指して策定中

日系メーカーは技術ファイル(Technical File)で 「どの版のEN ISO 12100 に準拠したか」 を日付付きで明記しておくと、移行期の混乱を避けられます。

Q7:部分完成機械(Partly Completed Machinery)は CE マーク不要ですよね?

A:はい、ただし『組み込み宣言(Declaration of Incorporation)』の要件は強化されます。

部分完成機械(例:駆動系単体、ロボットアーム単体)はCEマーク対象外ですが、組み込み宣言書と**組立説明書(assembly instructions)**の提供義務があります。MRでは特に、

  • 組立説明書の電子的配布を明示的に許可(紙義務からデジタル化へ)
  • ただし無料で恒久的にアクセスできる電子媒体であることが条件
  • 購入者から書面請求があれば紙でも提供する義務あり

日系メーカーが PDF をウェブ掲載するだけで済むようになりましたが、「URL が 5 年後に変わっていた」場合は適合違反になりうるため、DOI ライクな永続URL運用を推奨します。

Q8:取扱説明書は英語だけでOKですよね?

A:いいえ、販売先EU加盟国の公用語が原則です。

取扱説明書(Instructions for Use)は、機械が販売される各加盟国の公用語での提供が必要。これは現行指令から変わりません。

販売先 必要言語
ドイツ販売 ドイツ語
オーストリア販売 ドイツ語
フランス販売 フランス語
ベルギー販売 フランス語+オランダ語+ドイツ語(地域による)
EU域内B2B輸出(英語契約) 原則として設置地の公用語(当事者合意で英語も可の運用ありだが推奨せず)

MRの新規定では、電子媒体での提供を明示的に許可する一方、安全に関する警告文・緊急停止手順紙で機械に添付する義務が維持されます。

Q9:小さな改造なら CE 再評価は不要ですよね?

A:『実質的な改造(Substantial Modification)』に該当すれば再評価が必要です。

新機械規則は**「実質的な改造」の定義を初めて明文化**しました(Article 3(16))。以下に該当する改造は「新機械の市場投入」とみなされ、改造者が新たなCE適合を負担します。

実質的な改造と判定される典型例:

  • 新たな危険を発生させる改造(例:切削機械にレーザー加工を追加)
  • 既存の安全対策が不十分になる改造(例:出力向上で既存ガードが不足)
  • ソフトウェアアップデートで安全機能の挙動が実質的に変わる場合

特に最後の点が新しく、OTAアップデートで安全制御ロジックを変えると「実質的改造」に該当する可能性があります。変更管理(Change Management)プロセスの社内整備が必須です。

Q10:認証取得に1年あれば十分ですよね?

A:高リスク機械(Annex I Part A)は、最低12〜18ヶ月を見込んでください。

準備段階 所要期間目安
社内ギャップ分析・リスクアセスメント更新 2〜3ヶ月
技術ファイル整備 2〜4ヶ月
認証機関選定・見積 1ヶ月
EU型式検査(Annex I Part A 機械) 6〜12ヶ月(認証機関の混雑度次第)
合計 12〜20ヶ月

重要な注意点:MR適用開始(2027/1/20)直前の駆け込み需要で認証機関がパンクすることが確実視されています。Annex I Part A 該当品を扱う日系メーカーは、2026年Q3までに認証機関と契約を済ませることを強く推奨します。


まとめ——MR移行の社内アクションリスト

# アクション 期限目安
1 自社製品のAnnex I(Part A/B)該当性判定 2026年Q2
2 現行2006/42/EC 準拠技術ファイルの差分分析 2026年Q3
3 認証機関との事前相談・キャパシティ確保 2026年Q3
4 サイバーセキュリティ要件×CRAの重複整理 2026年Q3
5 AI安全機能の有無棚卸し+ML利用方針策定 2026年Q3
6 改造管理プロセス・OTA運用の社内規程化 2026年Q4
7 取扱説明書のデジタル配布URL運用整備 2026年Q4
8 新整合規格(prEN 50742 等)公布状況の継続ウォッチ 通年
9 EU域内在庫の移行前出荷 or MR対応の戦略判断 2026年Q4
10 Annex I Part A 該当品のEU型式検査契約締結 2026年Q3まで

キーメッセージ:新機械規則は「現行指令の小改正」ではなく、AI・サイバー・ソフトウェア時代の産業安全フレームワークへの質的転換です。日本メーカーの強みである「丁寧なリスクアセスメント文化」は活きますが、EN規格の動向ウォッチと英語/独語での技術ファイル整備に慣れていない企業は、2026年内に外部専門家(ドイツのTÜV系列・SGS・DEKRA 等)との契約を進めることをお勧めします。


参考リンク

  • Regulation (EU) 2023/1230(機械規則)
  • Directive 2006/42/EC(機械指令、2027/1/19まで有効)
  • TÜV Rheinland「New Machinery Regulation EU 2023/1230」
  • Intertek「Essential Safety Requirements — What You Need to Know About the New EU Machinery Regulation」
  • Pilz「Machinery Regulation 2027 - The most important changes」
  • IBF Solutions「Postponement of Machinery Regulation Cybersecurity and AI Requirements」
  • Cyber Resilience Act (EU) 2024/2847(サイバーレジリエンス法、2027/12/11 適用)

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