人事・労務

DACH就業規則の比較ガイド——ドイツ・オーストリア・スイスの労働法制の違い

2026年3月23日(月)

はじめに

ドイツ・オーストリア・スイス(DACH地域)はドイツ語圏として文化的に共通点が多い一方、労働法制には重要な違いがあります。EU加盟国のドイツとオーストリアはEU労働指令の影響を受けますが、スイスは独自の法体系を維持しています。

本記事では、DACH3カ国の就業規則を13の重要項目で比較し、日本企業が複数国で雇用する際の実務的な留意点を整理します。

※ドイツ単体の就業規則については、ドイツ就業規則15のチェックポイントも合わせてご参照ください。


DACH就業規則の全体比較表

項目 ドイツ オーストリア スイス
主要法令 BGB、ArbZG、BUrlG、KSchG、NachwG ABGB、AZG、UrlG、AngG/ABGB OR(債務法)、ArG(労働法)
EU労働指令の適用 あり あり なし
労働時間(法定上限) 週48時間(1日8時間、延長10時間) 週40時間(1日8時間、延長10時間) 週45〜50時間(職種による)
有給休暇 年20日(週5日制) 年25日(週5日制) 年20日(最低)
最低賃金 €12.82/時(2025年)→€13.50予定 法定なし(労働協約で規定) 法定なし(一部州のみ)
解雇保護 強い(KSchG、6カ月超勤務で適用) 中程度(ArbVG) 弱い(解雇の自由が原則)
試用期間 最長6カ月 最長1カ月 法定1カ月(契約で最長3カ月)
病気休暇の賃金保障 6週間100% 6〜12週間100%(勤続年数で変動) 3週間〜(勤続年数で変動)
社会保険料率(雇用者負担) 約21〜22% 約21〜22% 約6〜7%

項目別の詳細比較

1. 労働時間

規定 ドイツ オーストリア スイス
法定労働時間 1日8時間 1日8時間 なし(上限のみ)
1日の上限 10時間(6カ月平均で8時間以内) 10時間(12時間も例外あり) 制限なし(ただし週上限あり)
週の法定上限 48時間 40時間(労働協約で38.5時間が一般的) 45時間(工業・事務等)/ 50時間(その他)
残業規制 厳格(ArbZG) 中程度(AZG) 年間上限あり(170時間/45h職種、140時間/50h職種)
根拠法 ArbZG(労働時間法) AZG(労働時間法) ArG(労働法)

出典:ArbZG(ドイツ)、AZG(オーストリア)、ArG(スイス)

実務上のポイント: オーストリアは週40時間が法定ですが、多くの業界の労働協約(Kollektivvertrag)では38.5時間と定めています。スイスは法定の「標準労働時間」が存在せず、週45〜50時間の上限のみが定められています。

2. 有給休暇

規定 ドイツ オーストリア スイス
法定最低日数 20日(週5日制) 25日(週5日制) 20日(最低)
勤続加算 なし(労働協約や契約で加算) 25年超で30日 20歳未満は25日
取得義務 強い(年度内取得を推奨、翌年3月末まで繰越可) 強い 弱い(ただし2週間連続取得を推奨)
祝日(州による差) 9〜13日 13日 8〜15日(州による)
根拠法 BUrlG UrlG OR Art. 329a-d

出典:BUrlG(ドイツ)、UrlG(オーストリア)、OR(スイス債務法)

実務上のポイント: オーストリアの法定有給25日はDACH最多です。ドイツとスイスは20日ですが、実務上は契約や労働協約で25〜30日に引き上げられるのが一般的です。

3. 最低賃金

規定 ドイツ オーストリア スイス
法定最低賃金 あり(€12.82/時、2025年) なし なし(連邦レベル)
実質的な最低賃金 最低賃金委員会が定期改定 労働協約(Kollektivvertrag)で業種別に規定、実質約€1,800〜2,000/月 一部州のみ(ジュネーブ CHF 24.59/時、ヌーシャテル等)
カバー率 全労働者 労働協約で約95%をカバー 州条例のある州のみ

出典:MiLoG(ドイツ最低賃金法)、各国労働省

実務上のポイント: オーストリアには法定最低賃金がありませんが、労働協約のカバー率が約95%と極めて高く、実質的にはほぼ全業種で最低賃金が設定されています。スイスは連邦レベルの最低賃金がなく、ジュネーブ等一部の州(カントン)のみ独自の最低賃金を導入しています。

4. 解雇保護

規定 ドイツ オーストリア スイス
解雇保護法の適用 6カ月超勤務、10人超の事業所 6カ月超勤務 なし(解雇の自由が原則)
解雇の正当事由 必要(社会的に不当な解雇は無効) 必要(一定条件下) 不要(ただし濫用的解雇は賠償対象)
濫用的解雇の救済 職場復帰命令が可能 異議申立て・撤回請求が可能 最大6カ月分の賃金相当の賠償金
従業員代表の関与 Betriebsrat(事業所委員会)への通知・協議 Betriebsrat への通知・協議 なし(義務なし)
根拠法 KSchG AngG、ArbVG OR Art. 335-336

出典:KSchG(ドイツ解雇保護法)、AngG(オーストリア)、OR(スイス)

実務上のポイント: スイスは「解雇の自由」(Kündigungsfreiheit)が原則であり、DACH3カ国の中で最も柔軟な雇用関係を構築できます。ただし、妊娠中・病気中などの保護期間中の解雇や、差別的な理由による解雇は濫用的とされ、賠償義務が発生します。ドイツは解雇保護が最も強く、KSchGの適用事業所では社会的正当性がなければ解雇が無効になるため、慎重な手続きが必要です。

5. 解雇予告期間

勤続年数 ドイツ(雇用者から) オーストリア(雇用者から) スイス
試用期間中 2週間 即時(予告不要) 7日間
〜2年 4週間(月末or 15日付) 6週間(四半期末) 1カ月(月末)
2〜5年 1カ月(月末) 6週間(四半期末) 1カ月(月末)
5〜8年 2カ月(月末) 6週間(四半期末) 2カ月(月末)
8〜10年 3カ月(月末) 6週間(四半期末) 2カ月(月末)
10〜12年 4カ月(月末) 6週間(四半期末) 3カ月(月末)
12〜15年 5カ月(月末) 6週間(四半期末) 3カ月(月末)
15〜20年 6カ月(月末) 6週間(四半期末) 3カ月(月末)
20年超 7カ月(月末) 6週間(四半期末) 3カ月(月末)
25年超 7カ月(月末) 5カ月(四半期末) 3カ月(月末)

出典:BGB §622(ドイツ)、AngG §20(オーストリア)、OR Art. 335c(スイス)

実務上のポイント: ドイツの解雇予告期間は勤続年数に応じて最大7カ月まで延長されます。オーストリアは被用者法(AngG)適用者の場合、基本6週間(四半期末)ですが、25年超勤務で5カ月に延びます。スイスは最大3カ月と比較的短く、雇用の柔軟性が高くなっています。

6. 病気休暇と賃金保障

規定 ドイツ オーストリア スイス
賃金100%保障 6週間 6〜12週間(勤続年数による) 3週間(1年目)〜
保障期間(詳細) 6週間固定 勤続1年未満:6週間、1〜15年:8週間、15〜25年:10週間、25年超:12週間 各州の裁判所スケール(BernerスケールやZürcherスケール)に準拠
6週間後 健康保険(Krankengeld)から約70% 半額給(4週間)→傷病手当 保険(KTG)で80%が一般的
診断書の提出 3日超(契約で初日からも可) 3日超 通常3日超

出典:EntgFG(ドイツ賃金継続払法)、AngG(オーストリア)、OR Art. 324a(スイス)

実務上のポイント: オーストリアは勤続年数に応じて最大12週間の100%賃金保障があり、DACH最長です。スイスは法定の保障が比較的短いため、多くの企業が任意のKTG保険(Krankentaggeldversicherung)に加入して80%を最大720日間保障しています。

7. 社会保険

保険種別 ドイツ(雇用者負担) オーストリア(雇用者負担) スイス(雇用者負担)
年金保険 9.3% 12.55% 5.3%(AHV/IV/EO)
健康保険 約7.3%+付加保険料 3.78% なし(個人加入義務)
失業保険 1.3% 3.0% 1.1%
介護保険 1.7%(子なし2.3%) なし なし
労災保険 業種別(平均1.3%) 1.1% 雇用者負担(BUV)
その他 住宅助成0.5%等
合計目安 約21〜22% 約21〜22% 約6〜7%

出典:各国社会保険機関

実務上のポイント: スイスの雇用者負担の社会保険料率はDACH最低です。ただし、スイスでは健康保険が個人加入義務(雇用者負担なし)のため単純比較はできません。また、スイスの企業年金(BVG、第2柱)は別途雇用者が半額以上を負担するため、実質的な総人件費を比較する際はBVG拠出も加算する必要があります。

8. 従業員代表制度

規定 ドイツ オーストリア スイス
名称 Betriebsrat(事業所委員会) Betriebsrat(事業所委員会) Arbeitnehmervertretung(従業員代表)
設置基準 5人以上の事業所(従業員の発議で設置) 5人以上の事業所(従業員の発議で設置) 50人以上の事業所
共同決定権 強い(労働時間、賃金体系、解雇等) 強い(ドイツに類似) 弱い(情報提供・協議が中心)
根拠法 BetrVG ArbVG Mitwirkungsgesetz

出典:BetrVG(ドイツ事業所組織法)、ArbVG(オーストリア労働憲章法)、Mitwirkungsgesetz(スイス参加法)

9. 労働契約の書面化義務

規定 ドイツ オーストリア スイス
書面契約の義務 あり(NachwG、2022年強化) あり(Dienstzettel義務) なし(口頭でも有効)
記載必須事項 15項目以上(NachwG) 主要条件の明示
交付期限 雇用開始日(主要条件)/ 7日以内(その他) 雇用開始後速やかに
違反時の罰則 過料(最大€2,000) なし(ただし紛争時に不利)

出典:NachwG(ドイツ証明法)、AVRAG(オーストリア)、OR(スイス)

実務上のポイント: スイスでは書面の労働契約が法的に義務付けられていませんが、実務上は書面契約を締結するのが標準的です。ドイツは2022年のNachwG改正で記載必須事項が大幅に拡大され、違反には過料が科されるため、最も厳格です。

10. 2026年の法改正動向

主な動向
ドイツ EU賃金透明性指令(2026年6月までに国内法化義務)、W-IdNr経済識別番号の導入(年末まで)、電子インボイスB2B義務化の段階施行
オーストリア フリーランス的被用者への労働協約適用開始(2026年1月〜)、解雇予告期間の新ルール
スイス 特段の大規模法改正予定なし(安定的な法環境)

出典:各国労働省・官報


DACH雇用のコスト比較——モデルケース

年間総報酬€60,000(額面)の従業員を雇用した場合の概算コスト比較です。

コスト項目 ドイツ オーストリア スイス*
額面給与 €60,000 €60,000 CHF 65,000(≒€60,000)
社会保険(雇用者負担) €13,200(22%) €13,200(22%) CHF 4,550(7%)
企業年金(BVG等) —(任意) —(任意) CHF 3,250(5%程度)
付随コスト(有給・祝日等) €4,800(8%) €6,000(10%) CHF 3,900(6%)
年間総コスト概算 €78,000(1.30倍) €79,200(1.32倍) CHF 76,700(1.18倍)

*スイスはCHF建て。為替レートにより変動。健康保険は個人負担のため雇用者コストに含まず。


チェックリスト——DACH雇用の開始前確認

# チェック項目 ドイツ オーストリア スイス
1 書面の労働契約を作成(NachwG対応) 必須 必須 推奨
2 適用される労働協約(KV)の確認 業種による ほぼ必須 業種による
3 社会保険の登録手続き Sozialversicherung ÖGK AHV/BVG
4 試用期間の設定と書面明記 最長6カ月 最長1カ月 最長3カ月
5 労働時間の管理体制(記録義務) 義務化進行中 必要 必要
6 有給休暇の管理・付与ルール 20日+ 25日+ 20日+
7 病気休暇の賃金保障ルール確認 6週間100% 6〜12週間100% KTG保険検討
8 解雇手続きの確認(Betriebsrat通知等) 必須 必須 不要
9 データ保護(従業員データ)の体制 GDPR+BDSG GDPR+DSG DSG(2023年改正法)
10 賃金透明性指令への対応状況 2026年6月期限 2026年6月期限 対象外

まとめ

DACH3カ国の就業規則は、表面的に似ているようで重要な違いがあります。ドイツは解雇保護と書面化義務が最も厳格で、コンプライアンスコストが高い一方、法的安定性があります。オーストリアは労働協約のカバー率の高さが特徴で、有給休暇や病気休暇の保障もDACH最手厚です。スイスは解雇の自由と低い社会保険料率が魅力ですが、生活費(特にチューリッヒ・ジュネーブ)の高さを考慮した報酬設計が必要です。

複数国でDACH展開を進める場合は、雇用法制の違いを踏まえた国別の就業規則・雇用契約テンプレートの整備が不可欠です。各国の労働法に精通した現地弁護士との連携を推奨します。


本記事は、BGB/ArbZG/KSchG/NachwG/BetrVG(ドイツ)、AngG/AZG/ArbVG/UrlG(オーストリア)、OR/ArG/Mitwirkungsgesetz(スイス)、EU賃金透明性指令(2023/970)、各国社会保険機関の公開情報に基づいて作成しています。具体的な雇用手続きは必ず現地の労働法弁護士にご相談ください。

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