はじめに
ドイツは欧州最大の食品市場であり、日本食品(和食、調味料、菓子、飲料等)への需要は年々拡大しています。しかし、EU・ドイツの食品規制は日本とは大きく異なり、表示要件の不備やNovel Food(新規食品)規制への対応漏れが市場参入の障壁となるケースが少なくありません。
本記事では、日本食品をドイツに輸出する際に必要な規制対応を、表示・輸入手続き・品質要件の3つの柱で整理します。
規制の全体像——3つの柱
| 柱 | 主な規制 | 管轄 |
|---|---|---|
| 1. 食品表示 | EU FIC規則(Regulation 1169/2011)、ドイツLMIV | 欧州委員会、BVL(連邦消費者保護・食品安全庁) |
| 2. 輸入手続き | TRACES(EU通関システム)、衛生証明書、BIP検査 | BMEL(連邦食料農業省)、各州食品監視当局 |
| 3. 品質・安全基準 | EU食品安全一般法(Regulation 178/2002)、残留農薬、添加物規制 | EFSA(欧州食品安全機関)、BfR(連邦リスク評価研究所) |
第1の柱:食品表示——EU FIC規則(LMIV)の必須項目
12の必須表示項目
EU FIC規則(Regulation 1169/2011)に基づき、ドイツで販売する食品には以下の12項目の表示が義務付けられています。
| # | 必須項目 | 内容 | 日本との主な違い |
|---|---|---|---|
| 1 | 食品の名称(Bezeichnung) | 法的名称、慣習的名称、または説明的名称 | EUでは法的名称が優先 |
| 2 | 原材料リスト(Zutatenverzeichnis) | 重量の降順で記載 | 日本と同様だがEUルールに従う |
| 3 | アレルゲン表示 | 14種のアレルゲンを太字等で強調 | 日本は8品目義務+20品目推奨。EU14種は必須 |
| 4 | 特定原材料の量的表示(QUID) | 商品名に含まれる原材料の%表示 | 日本にはない要件 |
| 5 | 正味量(Nettofüllmenge) | メートル法で表示(g, kg, ml, l) | 日本と同様 |
| 6 | 賞味期限/消費期限 | 「Mindestens haltbar bis」(賞味期限)または「Verbrauchen bis」(消費期限) | ドイツ語で表示が必要 |
| 7 | 保存条件 | 特別な保存条件がある場合 | 日本と同様 |
| 8 | 事業者情報 | EU域内の責任事業者の名称・住所 | EU域内の事業者が必要 |
| 9 | 原産国/原産地 | 肉類、蜂蜜、オリーブ油等で義務。その他は誤解を招く場合に必要 | 日本より対象が広い |
| 10 | 使用方法 | 適切な使用のために必要な場合 | 日本と同様 |
| 11 | アルコール度数 | 1.2%超のアルコール飲料 | 日本と同様 |
| 12 | 栄養成分表示 | エネルギー、脂質、飽和脂肪酸、炭水化物、糖質、たんぱく質、食塩相当量 | 7項目が必須(日本は5項目) |
出典:EU Regulation 1169/2011、BMLEH
ドイツ語表示の義務
ドイツで販売する食品はドイツ語での表示が必須です。多言語表示は許容されますが、ドイツ語が含まれていなければなりません。日本語のみのラベルは認められません。
フォントサイズの要件
| パッケージの最大表面積 | 最小フォントサイズ(x-height) |
|---|---|
| 80cm²超 | 1.2mm以上 |
| 80cm²以下 | 0.9mm以上 |
出典:FIC Art. 13
14種の必須アレルゲン
| # | アレルゲン | 日本の義務表示との比較 |
|---|---|---|
| 1 | グルテン含有穀物 | 小麦は日本でも義務 |
| 2 | 甲殻類 | えびは日本でも義務 |
| 3 | 卵 | 日本でも義務 |
| 4 | 魚 | 日本では推奨のみ |
| 5 | 落花生 | 落花生は日本でも義務 |
| 6 | 大豆 | 日本では推奨のみ |
| 7 | 乳 | 日本でも義務 |
| 8 | ナッツ類(8種) | くるみは日本でも義務、他は推奨 |
| 9 | セロリ | 日本にはない要件 |
| 10 | マスタード | 日本にはない要件 |
| 11 | ゴマ | 日本では推奨のみ |
| 12 | 亜硫酸塩(10mg/kg超) | 日本にはない要件 |
| 13 | ルピナス | 日本にはない要件 |
| 14 | 軟体動物 | 日本にはない要件 |
出典:FIC Annex II
日本企業への示唆: 日本の醤油や味噌は大豆・小麦を含むため、EUでは必ずアレルゲンとして強調表示が必要です。また、日本では表示義務のないセロリ、マスタード、ルピナスがEUでは必須であり、原材料の確認が重要です。
第2の柱:輸入手続き
EU域内への食品輸入フロー
| ステップ | 内容 | 担当 |
|---|---|---|
| 1 | EU域内の輸入事業者(Importeur)を確定 | 輸出者/輸入者 |
| 2 | TRACES-NTシステムでの事前通知 | 輸入者 |
| 3 | 国境検査所(BIP)での検査(動物性食品の場合) | 各国食品監視当局 |
| 4 | 通関手続き(関税分類・VAT) | 税関 |
| 5 | EU域内での流通開始 | 輸入者 |
出典:EU Regulation 2017/625(公的管理規則)
TRACES-NT(EU通関・追跡システム)
| 書類の種類 | 対象食品 | 内容 |
|---|---|---|
| CHED-P | 動物性食品(肉、魚介類、乳製品) | 衛生証明書が必要 |
| CHED-PP | 植物性食品(野菜、果物、穀物) | 植物検疫証明書が必要 |
| CHED-D | その他の食品・飼料 | 一般的な通知 |
EU域内の責任事業者(Responsible FBO)
ドイツで食品を販売するには、**EU域内に所在する食品事業者(Food Business Operator, FBO)**がラベルに記載されている必要があります。日本の輸出者の名前だけでは不十分です。
| 選択肢 | 内容 |
|---|---|
| ドイツの輸入代理店を利用 | 代理店がFBOとしてラベルに記載される |
| ドイツに自社法人を設立 | 自社法人がFBOとなる |
| EU域内の他国のパートナー | 他のEU加盟国のFBOも可能 |
第3の柱:品質・安全基準
Novel Food(新規食品)規制——日本食品の盲点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 1997年5月15日以前にEU域内で「重要な程度に」消費されていなかった食品 |
| 法的根拠 | EU Regulation 2015/2283 |
| 該当する可能性のある日本食品 | 抹茶(粉末状)、こんにゃく、一部の海藻、甘酒、納豆、柚子 |
| 認可手続き | EFSAによる安全性評価+欧州委員会の認可(通常18〜24ヶ月) |
| Novel Food目録 | EU Novel Food Catalogueで確認可能 |
出典:EU Regulation 2015/2283、EFSA
日本企業への示唆: 日本では一般的な食品でも、EUではNovel Foodに該当する場合があります。輸出前に必ずEU Novel Food Catalogueで確認してください。認可がない食品はEU域内で販売できません。こんにゃく(グルコマンナン含有)は特に注意が必要で、一部の形態(ゼリー状)は窒息リスクにより販売制限があります。
添加物規制
| EU規制 | 内容 | 日本との違い |
|---|---|---|
| Regulation 1333/2008 | EU認可済み添加物のポジティブリスト | 日本より認可添加物が少ない |
| E番号制度 | 認可添加物にE番号を付与 | 日本にはない制度 |
| 着色料規制 | 特定着色料に警告表示義務あり | 日本より厳格 |
残留農薬基準(MRL)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法的根拠 | Regulation 396/2005 |
| MRLデータベース | EU Pesticides Databaseで品目別に確認可能 |
| 日本との違い | 一部の農薬でEUの基準値が日本より厳格 |
Nutri-Score——ドイツでの任意表示
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法的位置づけ | 任意(義務ではない) |
| 表示方法 | A(最も栄養バランスが良い)〜E(最も悪い)の5段階カラー表示 |
| ドイツでの普及率 | 大手スーパー(Aldi, Lidl, Rewe等)で広く採用 |
| 日本食品への影響 | 任意だが、表示がないと棚に並びにくい場合がある |
出典:BMEL
Nutri-Scoreは法的には任意ですが、ドイツの主要小売チェーンが採用を進めており、事実上の市場アクセス要件になりつつあります。
ドイツの州別食品監視体制
ドイツの食品監視は連邦制を反映して州ごとに実施されます。
| 州 | 監視当局 | 特徴 |
|---|---|---|
| バイエルン | LGL(州健康食品安全庁) | ドイツ最大の食品検査機関 |
| ノルトライン=ヴェストファーレン | LANUV | 食品輸入の検査件数が多い |
| ハンブルク | BGV(健康消費者保護局) | 港湾経由の輸入食品を重点監視 |
| ニーダーザクセン | LAVES | 農産物・食品加工の検査に強み |
出典:BVL
日本企業への示唆: 食品監視の厳格さは州によって異なります。ハンブルク港経由の輸入が多い場合、ハンブルクの監視当局の傾向を把握しておくことが重要です。
輸出前チェックリスト
| # | チェック項目 | 確認先 |
|---|---|---|
| 1 | Novel Food Catalogueでの確認 | EU Novel Food Catalogue |
| 2 | 添加物のEU認可状況 | EU Food Additives Database |
| 3 | 残留農薬基準値の確認 | EU Pesticides Database |
| 4 | 12項目の表示要件への適合 | FIC Regulation 1169/2011 |
| 5 | 14種アレルゲンの確認・強調表示 | FIC Annex II |
| 6 | ドイツ語ラベルの作成 | 現地翻訳者に依頼 |
| 7 | 栄養成分表示(7項目)の分析 | 認定分析機関 |
| 8 | EU域内FBOの確定 | 輸入代理店または自社法人 |
| 9 | TRACES-NTでの事前通知準備 | 輸入者 |
| 10 | 衛生証明書/植物検疫証明書の取得 | 日本の検疫所 |
まとめ
日本食品のドイツ輸出は、EU FIC規則(12項目の表示要件、14種アレルゲン)、Novel Food規制、添加物のポジティブリスト制度、TRACES-NTによる輸入通知など、多層的な規制対応が必要です。特にNovel Food規制は日本企業にとって盲点になりやすく、輸出前の確認が不可欠です。
ドイツ語ラベルの作成とEU域内FBOの確保は、市場参入の最低条件です。これらの準備を渡航・輸出計画の早い段階から進めることで、スムーズな市場参入が可能になります。
本記事は、EU Regulation 1169/2011(FIC)、EU Regulation 2015/2283(Novel Food)、EU Regulation 1333/2008(添加物)、EU Regulation 396/2005(残留農薬)、BMEL、BVL、EFSAの公開情報に基づいて作成しています。具体的な輸出手続きは必ず現地の食品規制コンサルタントにご相談ください。