ドイツ企業との貿易取引において、インコタームズ(Incoterms® 2020)の正しい理解と適切な選択は、コスト管理とリスク回避の要です。しかし日本企業がドイツ市場で取引を始める際、日本国内の商慣習との違いに戸惑うケースは少なくありません。
本記事では、ドイツ取引で特に重要なインコタームズの実務的な使い方を解説します。
インコタームズとは:基本の確認
インコタームズ(Incoterms®)は、国際商業会議所(ICC)が定める貿易取引条件の国際標準です。最新版はIncoterms® 2020で、11の条件が定義されています。
インコタームズが定めるもの:
- 売主と買主の費用負担の分岐点
- リスク(損失・損害)の移転ポイント
- 輸出入通関の責任分担
インコタームズが定めないもの:
- 所有権の移転時期
- 支払条件(L/C、T/T等)
- 契約違反時の救済手段
11条件の全体像と分類
| グループ | 条件 | 名称 | リスク移転地点 |
|---|---|---|---|
| E(出荷地) | EXW | Ex Works(工場渡し) | 売主の施設 |
| F(主要運送費買主負担) | FCA | Free Carrier(運送人渡し) | 指定場所で運送人に引渡し |
| FAS | Free Alongside Ship | 船側 | |
| FOB | Free On Board | 本船上 | |
| C(主要運送費売主負担) | CFR | Cost and Freight | 本船上(費用は仕向港まで) |
| CIF | Cost, Insurance and Freight | 本船上(保険・運賃含む) | |
| CPT | Carriage Paid To | 運送人引渡し(運賃は仕向地まで) | |
| CIP | Carriage and Insurance Paid To | 運送人引渡し(保険・運賃含む) | |
| D(到着地) | DAP | Delivered at Place | 仕向地(荷卸し前) |
| DPU | Delivered at Place Unloaded | 仕向地(荷卸し後) | |
| DDP | Delivered Duty Paid | 仕向地(関税込み) |
ドイツ取引で頻出する4つのインコタームズ
1. EXW(Ex Works)— ドイツ企業が売主の場合に多い
ドイツの中堅企業(Mittelstand)が売主の場合、EXWを提示されるケースが非常に多い。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 売主の責任 | 自社施設で商品を引き渡すのみ |
| 買主の責任 | 輸出通関、運送、保険、輸入通関のすべて |
| ドイツでの実態 | 売主にとって最もリスクが少ないため人気 |
実務上の注意点:
- EXWでは輸出通関も買主の責任だが、実際にはドイツの税関法上、外国企業が直接輸出通関を行うのは困難
- ドイツ企業がVAT(付加価値税)の還付を受けるには、輸出証明が必要だが、EXWでは売主が輸出手続きに関与しないため証明が困難になるケースがある
- 推奨: EXWではなくFCA(売主施設) に変更交渉するのが実務的
2. FCA(Free Carrier)— 最も実務的な選択肢
FCAは近年、ドイツ取引で最も推奨される条件です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 売主の責任 | 輸出通関+指定場所で運送人に引渡し |
| 買主の責任 | 主要運送、保険、輸入通関 |
| Incoterms® 2020の改良点 | 船積みB/Lの発行を売主に依頼可能に |
FCAが推奨される理由:
- 輸出通関は売主(ドイツ企業)が行うため、法的に整合性がある
- VAT還付手続きが円滑に進む
- コンテナ輸送でもバルク輸送でも対応可能
- 日本企業側で運送・保険をコントロールできる
3. CIF / CIP — 日本企業が買主の場合の定番
| 条件 | CIF | CIP |
|---|---|---|
| 対象 | 海上輸送のみ | 全輸送モード |
| 保険水準 | ICC(C)(最低限) | ICC(A)(全リスク)※2020改定 |
| 費用負担 | 売主が仕向港まで | 売主が仕向地まで |
| リスク移転 | 本船積込時 | 運送人引渡時 |
実務上の注意点:
- CIFの保険はICC(C)条件(最低限のカバー)がデフォルト。日本企業の期待するAll Risksカバーとは異なる
- 推奨: 海上輸送以外も含む場合はCIPを選択し、ICC(A)条件の保険を確保
4. DDP(Delivered Duty Paid)— 日本企業が売主の場合
日本からドイツに輸出する場合、ドイツの買主からDDPを求められることがある。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 売主の責任 | 運送、保険、輸出通関、輸入通関、関税、仕向地までの全費用 |
| 買主の責任 | 荷受けのみ |
| リスク | 売主がドイツのVAT・関税を負担 |
実務上の注意点:
- DDPではドイツでの輸入VAT(19%) の負担と還付手続きが必要
- 日本企業がドイツで VAT登録(Umsatzsteuer-Identifikationsnummer)していない場合、VAT還付ができず二重課税となる
- 推奨: VAT登録がない場合はDAP(関税・VAT除き)に変更交渉
インコタームズ選択のフローチャート
取引条件を決める際の判断基準を整理します。
Step 1:自社の立場は?
- 日本企業が買主(ドイツから輸入) → Step 2a へ
- 日本企業が売主(ドイツへ輸出) → Step 2b へ
Step 2a(買主の場合):物流をコントロールしたいか?
- はい → FCA(輸送・保険を自社で手配)
- いいえ → CIP(売主に運送・保険を任せる、全リスクカバー)
Step 2b(売主の場合):ドイツでVAT登録があるか?
- はい → DDP で対応可能
- いいえ → DAP(関税・VATは買主負担)
Step 3:運送モードは?
- 海上輸送のみ → FOB / CIF も選択肢
- 複合輸送(海上+陸上) → FCA / CIP / DAP を優先
ドイツ特有の実務ポイント
VAT(付加価値税)との関係
ドイツの標準VAT税率は19%(食品等は7%の軽減税率)。インコタームズの選択がVAT処理に直接影響します。
| インコタームズ | VAT処理 |
|---|---|
| EXW / FCA / FOB | EU域外輸出 → VAT 0%(輸出免税) |
| DDP | 売主がドイツVATを負担(19%)→ VAT登録があれば還付可能 |
| DAP | 買主がドイツ輸入VAT(19%)を負担 |
Zollamt(税関)との実務
ドイツの税関手続きは電子化が進んでおり、ATLAS(Automatisiertes Tarif- und Lokales Zollabwicklungssystem)を通じて行われます。
- 輸入申告はATLASで電子的に処理
- 2026年2月からICS2 Version 3が義務化(事前貨物情報の提出)
- Einfuhrumsatzsteuer(輸入VAT)は通常、翌月の確定申告で還付請求
Spediteur(フォワーダー)の活用
ドイツではSpeditionsvertrag(運送取扱契約)に基づくフォワーダーの利用が一般的です。
- ADSp 2017(Allgemeine Deutsche Spediteurbedingungen)が業界標準約款
- 責任限度額はSDR(特別引出権)ベースで規定
- 日本の通関業者との連携には、事前の役割分担の明確化が必要
よくある失敗パターン
1. EXWのまま輸出通関で立ち往生
ドイツ企業からEXWで購入したが、自社で輸出通関の手配ができず、出荷が遅延。FCAへの変更を最初から交渉すべきだった。
2. CIF条件の保険でカバー不足
CIF条件で取引したが、保険がICC(C)(限定カバー)であることを見落とし、輸送中の損害が保険対象外に。追加保険の手配またはCIP条件(ICC(A)全リスク)への変更が必要だった。
3. DDPでVAT二重課税
ドイツのバイヤーにDDP条件で販売したが、ドイツVAT登録がなく、支払った輸入VAT(19%)の還付を受けられず実質的な二重課税に。DAP条件であれば回避できた。
4. インコタームズと支払条件の混同
インコタームズはあくまで費用・リスクの分担条件であり、支払条件(L/C、D/P、T/T等)とは別物。両方を契約書に明記する必要がある。
まとめ
ドイツ取引におけるインコタームズ選択のポイントは、「FCAを基本に、自社の立場とVAT処理を考慮して調整する」ことです。特にEXWの安易な受け入れとDDPのVATリスクは、日本企業が最も陥りやすい罠です。
取引開始前に現地の物流・税務の専門家に相談し、最適な条件を設計することを強くお勧めします。
TSMでは、ドイツ企業との取引条件交渉や、物流・通関体制の構築をサポートしています。インコタームズの選定から契約書のレビューまで、実務に即したアドバイスを提供します。